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神様とその子供たち
008


ロウは外出していたが、夜勤だったシギは休息のためこの屋敷に残ったらしい。お休みのところを邪魔したくないと思っていたが、運良くシギは食事中だった。

「どうしてそんなことがすぐにわかるんですか」

「俺達4人は……まあロウ様含めて5人にはGPSがついていて、端末さえあればお互いどこにいるかがすぐわかるようになってる。シギがいる場所はこの屋敷の食堂だ。このチャンスを逃したら次いつ会えるかわからない。急ぐぞ」

「えっ」

僕を軽々と担ぎ上げると、そのまま目にも止まらぬスピードで地下を出て廊下を走り去るキリヤ。僕が気持ち悪くなりかけていた時、彼の足が止まった。

「着いたぞ」

「早い!」

「急いだからな」

食堂はイチ様の屋敷と同じくらい広く、朝食には遅めの時間にも関わらず何人か人狼がいた。ここで働いている方達だろうか。キリヤが目立つ存在だからなのか人間が珍しいのか周りからの視線を感じる。頼りになる護衛の大きな身体の影に隠れながら歩いていると、キリヤの足が止まった。

「シギ、今いいか」

一人食事をとる青年に話しかける。キリヤが話しかけた彼のその姿を目にとめた瞬間、僕は釘付けになってしまった。なぜ、キリヤが話しかけるまで彼の存在に気づかなかったのだろう。そう疑問に思うくらいシギは美しい容姿をしていた。僕がすっかり見とれていると、シギはこちらを見ることなく口を開いた。

「よく私を見つけたな」

「いるとわかっていればそれほど難しくないからな」

「お前といると目立ってしまうから困る。用件は?」

シギはこれまで見てきた護衛の人狼と比べると細く背も低かった。しかし綺麗としかいいようのない顔はとても小さく、すらっと長い足を見ると座ったままでもモデルのようにスタイルがいいのがわかる。短い髪にとがった大きな耳がとても目立っている。ずっと見ていても飽きないくらい美しい。

「こいつは俺が今ロウ様に任されているアトウカナタだ。お前に話があるらしい」

僕が頭を下げると、シギが残っていた食事を素早く口にいれ
立ち上がってこちらを見た。

「丁度いい。私も話したかった」

「えっ、ほんとに!? お前が?」

驚くキリヤを無視してシギが僕に近づいてくる。無機質な目で僕を見て、命令するかのように言った。

「ついてこい人間」

「あ、はい」

「キリヤ、お前はここで待て。すぐに戻る」

「いや、でも俺はコイツについてないと……」

「いいから待て。必ず五体満足で戻す」

「わ、わかった」

シギは一番新人だとキリヤが言っていた。確かに見た目はとても若くただの美少年にしか見えない。なのにこの貫禄あるキリヤに有無を言わさず指示を出せる威圧感はどこからくるのだろう。キリヤも大人しく従っているし、僕も彼に何か言われたら何でも言うことをきいてしまいそうだ。

シギと食堂を出てすぐ横の個室トイレに連れ込まれる。個人のトイレとしては広いが、二人きりでいる空間としてはちょっと狭い。

「まず、私に話とは何だ」

「あ、昨晩は助けていただいてありがとうございました!」

「…………あ、ああ」

僕のお礼に拍子抜けしたのか圧が少し減る。壁にもたれ掛かったまま腕を組み僕を見下ろしてくるシギの目をまともに見られない。彼は人狼にしては背が低かったが、もちろん僕よりは高い。

「あの、できたら昨晩の僕とロウ様にあったことは内緒にしていただければとお願いしにきたのですが」

「元々話すつもりはなかったが、了解した」

「そうですよね! ありがとうございます!」

人間なんかに手を出してしまったなんてロウにとっては醜聞でしかないだろう。頼まれても口外なんかしないだろうに、わざわざ頼むことではなかった。

「まさか……ロウ様があんなことを自分から仰るなんて」

独り言のように呟くシギに何と返せばいいのかわからなくなる。昨晩ロウが僕を抱きたいと言ったことだろうが、僕も驚いたのだから人狼の彼にとってはもっと衝撃的だっただろう。シギの長い睫と綺麗な瞳をじっと見ていると、そこから一筋の涙が流れた。

「どっ、どうされました!?」

「……いや、何でもない。気にするな」

何故彼が突然泣いたのかさっぱりわからない。しかしシギは涙を拭いすぐに切り替えて、僕を真っ直ぐ見つめた。

「ロウ様は、お前のことを大切に思っている」

「はい、それはわかります」

「いや、お前はわかってないよ」

シギは僕のすぐ横に腕をついて、僕を壁際に追い詰める。間近でみるときめ細かい綺麗な肌がよく見えてドキドキした。

「もし、お前がロウ様を裏切るようなことがあれば、必ず私がお前を殺す」

「えっ」

「私がお前に言いたいことはそれだけだ。忘れるなよ」

そう言ってシギは話は終わったとばかりにキリヤのところに戻るように促す。彼の涙にしばらくショックを受けていたが、我に返った僕は改めてシギに深く頭を下げた。


シギは僕をキリヤのところに送り届けた後、すぐどこかへ消えてしまった。あれだけ目立つ容姿の人を見失うなんて信じられない。ついでにとばかりに食事をとっていたキリヤに僕は興奮気味に話しかけた。

「シギ様! すっごく綺麗な方でした!!」

「そうか」

「ファンになりそうです!」

殺すとか色々言われたが美人だった印象が強すぎてそこはあまり気にならず。むしろあんな綺麗な人と近くで話せたことでテンションが上がっていた。涙を流す姿はこの世のものとは思えないくらい神々しかったが、彼はなぜ泣いたのだろう。敬愛するロウが人間なんかを抱こうとしたのが悲しかったのか。いや、そんな涙ではなかったような気がする。

「あんな美人な方が兵士だなんて……あ、男の方にそんな風に言うのは失礼ですよね」

「シギは女だぞ」

「……?」

「だからシギは男じゃなくて女なんだ。惚れるなよって忠告しといただろ」

キリヤの言ってることは単純だが飲み込むのに時間がかかった。それは僕の知る人狼の常識とあまりにもズレすぎている。

「でも、確かにお綺麗でしたけど、女の人には見えませんでしたよ。背も僕より高かったですし服の上からでもわかるくらいしっかり筋肉ついてましたし、胸もなかったのに」

「女性の胸の事を軽々しく口にするなんて失礼だろうが!」

「ごこご、ごめんなさい」

突然本気のトーンで叱られた。僕が謝ると「怒鳴って悪い」と頭を下げられる。

「女性は働かないと聞いていましたが」

「シギは別だ。あいつの特技が護衛向きだったから、特別枠で採用されたんだよ」

「じゃあ、女性なのにロウ様を叩いたんですか!?」

「? どういう事?」

女の人は全員おしとやかでロウに骨抜きにされていると思っていたが、彼女は違うのだろうか。いや、むしろ女性だからこそあの時助けてもらえたのかもしれない。女性とわかればあの美しさにも納得がいく。というか会う前に言ってほしかった。


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