神様とその子供たち
004
「殺される……? 警察に?」
「正しくは警察にではないが、そう言ってもいいだろう。理由は、君の腕にコードがないからだ」
真崎が腕捲りをして左腕にある入墨のようなものを見せた。鍛え上げられた太い腕に似つかわしくない、小さな正方形のタトゥーだ。バーコードのようなヘンテコな模様で、お洒落でつけているようには見えなかった。
「腕にこれがない人間はいない。このコードが身分証であり、正しく管理されていると言う証拠だ。これがなければ、離反したと見なされて処刑される」
「何故? いったい誰に?」
「人狼にだ」
じんろう、ときいてもまったくピンとこなかった。人の名前かとも思ったが、人狼という漢字にようやく思い至る。
「……人狼? さっきから処刑だとか人狼だとか、ゲームの話ですか?」
疑心たっぷりに半笑いで真崎を探るように見る。ふざけているのかと思ったが彼の顔は大真面目で、笑った僕を怒っていた。
「ゲームの話なわけがないだろう。人は全員コードで彼らに管理されてる。ここに来るまでに、頭から狼の耳がはえた人間を見なかったか」
「……見た、かもしれないけど……あれはつけ耳でしょう?」
「違う。君が信じない気持ちもわかるが、ここまで来たら信じてもらうしかない。君は私を頭のおかしい男だと思っているだろうが、私はお前の大昔から来たという話を嘘だと決めつけてはいない。頼むから、話を聞いてくれ」
真剣そのものの真崎に優しい声で諭され、渋々ながらも頷いた。タイムスリップなんてファンタジーな事を言われているのに、冷静になる方が難しいだろうと思うのだが、真崎の声を聞いていると不思議と落ち着くことができた。
「僕のいうことを信じてくれるってことは、もしかしてこの時代にはタイムマシンのようなものが存在してるってことですか?」
「いや……流石にそんなものはないはずだ。が、私が知らんだけで、絶対にないとは言い切れない」
「……」
タイムトラベルなんて馬鹿げた話あり得ない、と思っていたが300年後の未来ならないとも言い切れない。頭ごなしに否定していた気持ちが、少し緩和されて真崎の言葉がすんなり入ってくるようになった。
「私が君を信じる理由もまた、コードがないからだ。これを見てくれ」
真崎がタブレットを操作して、壁のテレビ画面に映像を出す。端末とあの画面は連動させられるらしい。証明写真のような真崎の顔写真とその横に名前や年齢が映し出されていた。
「これはコードを読み取って出した私のプロフィールだ。名前の下の文字が読めるか」
「名前の下……上級市民? ってなんですか?」
「階級だ。ここでは人間にはハッキリと身分の差がある。上級市民と下級市民。私はこう見えて上級市民の中でもかなり裕福な方だ。下級市民の扱いは……言うなれば奴隷だ。このコードを読み取る機械がありとあらゆる場所に設置されていて、下級市民が何かしようとすればすぐにバレてしまう。それを避けるためにはコードを無理矢理消すしかない。だから、コードがない人間はそれだけで逮捕されてテロリストとして処刑されることになるんだ」
「テロリスト?! 違います、そんなのじゃありません」
「わかっている。通常はどうやっても多少は消し痕が残るものだからな。それに君はどう見ても下級市民じゃない。肌の張りも良いし、髪の艶もある。太ってはないが、年相応に肉もついている。どこからどう見ても健康優良児だ。しかし上級市民にコードなしは、あり得ない。だから君の言い分を信じているんだ」
「……」
今の話が事実ならば、僕は彼にかなりのリスクを負って助けてもらったことになる。ありがとうと涙ながらに彼を包容するほど信用したわけではないが、不用意に外に出ようとするのはやめようと思うくらいには信じ始めていた。
「もし仮に、僕がこっちのタイムマシンの類でここに飛ばされたなら、帰る方法も見つかるかもしれないってことですよね」
「……その可能性はないとは言い切れんな」
「そうか……そうだよな……」
そのためにはまず最初に倒れていた場所に戻るのが一番いいとは思うが、外を出歩くのは危険だと言われたばかりだ。しかし外に出られなければ、帰る方法も見つからない。
「これから、どうすればいいんでしょうか。…なんとか元の時代に、家に帰りたいんです」
「そうだな……」
真崎はあっさり僕の手錠を外してくれた。自由になった手首をぶらぶらさせていると、彼は優しく僕の手を取った。
「少し時間をくれないか。私がなんとかする。外も出歩けるようにしよう。約束する、必ずだ」
「……真崎さん? は、どうしてそこまで僕に良くしてくれるんですか」
真崎にとって僕は赤の他人だ。彼の話によれば彼自身は恵まれている人間のようだが、テロリストの疑いがある男を匿ってはただでは済まないだろう。もし僕が彼の立場なら、危険をおかして他人なんか助けない。彼がそんなリスクを負ってまで、僕を助けてくれるのは何故なのか。
「ならば訊くが、君は放っておけば処刑されるとわかっている無実の人間を、見捨てておく事ができるのか」
「……」
できるとは言わなかったが、僕は自分がとばっちりを食うかもしれないと知っていて、身内どころか知り合いでもない相手を助けたりできない。もとより家族以外に大切なものはなく、正義感の欠けた人間なのだ。多少の罪悪感はあるが、それよりも保身に走ってしまうだろう。
「私は父から、誰かを助けてこその人生だと教えられてきた。人狼達を恐れるあまり同じ人間を見捨てるような真似は絶対にしてはならないと。父はもういないが、私は父の意思を継がなければならない。だから君を助けたのは当然の事だ」
「……あ、ありがとうございます」
その言葉は真剣そのもので、疑り深い性格でなかったら彼をすぐに信用しただろう。人の好意には必ず裏があると考えてしまう自分に嫌気が差す。表面上は礼を言い、彼の事を信用したふりをしていたが、僕はまだここが未来の世界だということも、彼が味方であるということも疑い続けていた。
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