神様とその子供たち
003
「ロウ様が選ぶのが一番手っ取り早いが、選べばそいつが全員の的になる。前回ヒラキ様に決まるまで怪我人が大量に出た。ヒト様がいなけりゃ死人も出てただろう。人間は巻き込まれて何人か死んだらしいし」
「ええ!?」
「圧倒的に強くて賢くて人望もある奴が必要なんだ。代理補佐官が一番その座に近いけど、一番に狙われる立場でもある。補佐のオリ様は怪我をして早々に戦線離脱。ま、こんな一番大事な時に怪我してるようじゃ補佐官もおろされるだろうけどな」
「でも六群の時は、まったく荒れてなかったですよね」
ロク様が亡くなられた時は、お葬式も厳かに行われて息子のレキがあっさりとその座についた。今回とは天と地の差だ。
「あれはロク様がこういう事態を避けるために、息子のレキ様を跡継ぎとして相応しい人狼にするため教育していたからだ。レキ様はロク様の息子だから選ばれたわけじゃない。六群の円闘では五度も優勝しているし学もある。ロク様には時間があった。ヒラキ様だって、突然こんなことにならなければ息子のラセツ様を三貴にしていただろうに」
「ヒラキ様にはラセツ様しか息子はいないんですか」
「いや、実は昔亡くなられた前妻との間に息子がいて、彼を三貴にする予定だった。だが20年ほど前、その子は亡くなってしまった」
「えっ、どうしてですか?」
「寿命だ。男は個人差があるからな。それでヒラキ様は再び結婚して、ラセツ様が生まれた。いや、もう三貴の息子じゃないから様付けする必要もなくなったか」
子供が先に寿命で死んでしまうなんて、そんなの親の立場になったら悲しすぎる。思えばイチ様とロウの親子も、イチ様の方が早く亡くなってしまうかもしれない。その時ロウは耐えられるのだろうか。
「初代三貴のサン様に息子がいれば、こんなに荒れなかっただろうに。代理でもとりあえず任せて、ゆっくり選任する時間がとれた」
「なぜですか? リーダーは世襲では選ばないんですよね?」
「男系ではな。人狼は父親が誰かということより、母親が誰かという事を重視する。ロウ様の娘を母親に持つ男はロウ様の孫として、基本的に敬われる立場だ。他の人狼に襲われることなんてまずない。現に五貴と十貴はロウ様の孫だしな」
二貴のクロウを貴長にする時、ロウの長女であるニイの養子にしたと聞いた。それはこういう意味もあったのか。
「三貴はかなり立場が上だ。イチ様、クロウ様に続いての権力が持てるとあれば何を捨てても三貴になりたい奴はいる。群れのリーダーになればロウ様と親しくなれるってのが大きい」
「そういうものなんですか……」
「貴長になれば自分からロウ様に謁見を求める権利があるんだ」
「でもそれはつまり、皆ロウ様が好きだからやってることなんですよね? だったら争うとロウ様が悲しむからやめようという方向にはならないんでしょうか……。ただでさえあの方気苦労が多いのに、これ以上人狼に怪我人が出たら大変なことになりそうで」
「言ってることは正しいけど、ずっと一緒にロウ様といるお前の言葉じゃなぁ」
「うっ」
確かにロウの横にずっといる僕では説得力なんて持たせられない。もしかすると僕のロウなんて別に好きじゃないという態度は、人狼から反感を持たれているのではないだろうか。
「僕がロウ様と一緒にいるのは、やっぱりよく思われてないんですよね」
「当たり前だろ。俺だってロウ様の命令がなかったら嫉妬のあまりお前を殺してたかもしれねぇもん」
「えっ」
「ジョークだよ。でも実際お前ずるいと思うぜ。ロウ様にあんなにかまってもらえてさ。俺らは側にいても簡単に話すこともできないってのに」
こんな強面なのにキリヤは子供みたいなことを言ってふてくされるので、ついつい笑ってしまった。その後もキリヤが自分のことも話してくれて、彼への苦手意識はなくなった気がした。
キリヤ・ユウは未婚だが、結婚できなかったというわけでなくロウの側から離れられないがゆえ、家庭を持たないことを選んだ。他の三人も同じく、規則があるわけでもないが独身を貫いているらしい。ロウの側近の護衛四人は交代で休んではいるものの、常に四人で呼吸をあわせて行動し家族のような存在になっている。年長者はカエンという人狼だが、リーダーというわけではなく全員が対等とのこと。各々が自分の意思でロウを守るための行動がとれるようにするため、序列はつけないようにしているそうだ。
その後僕たちの滞在先が決まってキリヤに案内してもらうことになり、話は中断となった。
僕が泊まらせてもらうことになったのは、なんと三貴邸だった。恐れ多いと思ったがロウがここに泊まるというのならば仕方ない。なんでも三群で一番セキュリティがしっかりしているのがここなので、未だに見つからない爆弾犯のテロリストからロウを守るためにはここが一番の宿泊先らしい。
デザイナーズマンションかというスタイリッシュな造りをしていた三貴邸だったが、到着するなり一人の男が目の前に現れた。
「お前! 近衛兵のキリヤだな」
大柄の若い男はなぜか鉄の棒を持ちこちらに近づいてくる。棒と服には血がついていて、どう見てもまともな相手じゃない。驚く僕をキリヤが大袈裟なくらい庇って彼を出迎えた。
「だったら?」
「ロウ様はどこだ」
「ここにはいない」
「いやいや、近衛兵がロウ様から離れるなんてあり得ないだろう」
「今はロウ様から別任務を与えられてる。お前はここを占拠してるハクト・マイヤだな」
「占拠してるなんて、まさか。私は私が三貴になるためにいるだけだ」
「なら、俺達がここに入るのはなんの問題もないだろう」
「そっちの人間は」
「ロウ様の預かりものだ。手を出されたら困る」
「殺されて困る人間なんかいるのか?」
その瞬間キリヤの目が真っ黒に染まる。僕は震えるほど緊張したがハクトというらしい男は冷静に手をあげた。
「おいおい勘違いするなよ、お前と戦う気なんかない。ただでさえシオに何度も殺されかかってこっちも疲弊してるんだ」
「お前らが争うのは勝手だがロウ様に迷惑はかけるな」
「そんなの言われるまでもない。ほら通れよ」
簡単に僕達を通してくれたハクトの横を通って屋敷に入る。キリヤは自分の外套の中に僕を入れて覆い隠してくれた。
しばらく前が見えないまま進んでいると、ようやく視界が開ける。彼のただでさえ威厳のある顔が余計に恐ろしくなっていた。
「ハクトとシオの奴ら、本気で潰し合う気だ。巻き込まれねぇようにしないと」
「今の方、何で血がついてたんでしょう……」
「ハクトはヒラキ様の護衛だった男で、群れ一番の戦士だ。それが今では三貴になるために、他の候補者を蹴落としてる」
「ええっ、そんな……」
「しかし奴は強い。何人か潰したようだが全員軽傷で病院に送ってる。これは相当力の差がないとできない事だ。シオは東エリアの頭領で円闘ではハクトのライバルだった。この二人で何度も優勝争いをしていたから、今回で決着をつけるつもりだろう」
「キリヤ様、お詳しいんですね」
「ここに来るまでに調べた。ここは安全とは言いがたいが、ハクトがいるなら少なくとも下級民が入り込むことはないだろう。奴はまだここの警備を任されてるはずだからな」
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