神様とその子供たち
喪失
それからあっという間に2日が過ぎた。いまだにハチとは連絡も取れず足取りも掴めていないらしい。僕はといえばロウの近くにいてイチ様と顔をあわせなければ一応普通の生活を送れていた。
しかし一番僕を不安にさせたのはイチ様に会いたいとまったく思わなくなったことだ。以前はあれだけいつも一緒にいたいと思っていたのに、その感情をなぜか失ってしまった。それがよくない兆候だとわかっていてもどうしようもない。イチ様と偶然ばったり鉢合わせてしまうのが怖くて、ゼロの部屋からまったく出られずにいた。そのせいでゼロの散歩はあろうことかロウに任せてしまっている。しかし元々部屋が広いのでゼロはそこまで散歩が好きというわけでもなく、僕がいるこの部屋にすぐ帰ってきたがるとロウは言っていた。
早くハチに暗示を解いてもらわないと、イチ様を好きだった感情がなくなってしまうのではないかと僕は不安で仕方がなかった。
ロウはその日少しおかしかった。夜中に何度もうなされ途中で目が覚めてしまうようで、僕も何度となく起こされてしまった。そのたびロウが助けを求めるように抱きついてくるので、僕は苦しみが少しでも和らぐように彼を抱き締め返してていた。
以前ユキという名前を呼びながら泣いていた時の事を思い出す。その名前の相手にロウは何度も謝っていた。しかしロウの大切な人であろう奥さんの名前は立夏だし、子供たちの中にもそんな名前の人狼はいない。本人に訊ねるのが一番手っ取り早いが、泣くほどのトラウマがある相手のことを簡単に訊ねてよいものかと何も訊けないでいる。
ロウは僕がいるというので本当に女性達を帰してしまった。彼がそこまでしてくれる事に驚くと同時に申し訳なかったが、女性達がいる理由を考えるとそうしてくれてとても助かっていた。
「ロウ様、もしかして体調あまり良くないのでは?」
朝食をとってすぐ、着替えをしていたロウに訊ねる。ゼロはだんだんロウに慣れてきたのか足下にじゃれついて着替えの邪魔をしている。
「これでも寝れてる方だから悪くはねぇよ。ただなんか頭が重くってな」
「それを調子が悪いって言うんじゃ……」
「そうなのかなぁ。今までの方が悪すぎてわっかんねぇや」
これまでどれだけ酷い状態で生活をしてきたのか。僕がゼロを抱き上げじゃれていると、扉が激しく叩かれスイとセンリが入ってきた。
「ロウ様! 失礼いたします!」
「な、なんだ二人して」
「緊急にお伝えしたいことがありまして」
スイの言葉にロウの顔が真剣なものになる。スイが膝をついて震える声で告げた。
「三群で爆発があり、ヒラキ様とご家族が巻き込まれたとの情報が入りました。事件が起こったのはおよそ20分前ですが、現在安否は不明です」
「今すぐ三群に行く。一番早く行ける乗り物を手配してくれ」
「すでに準備させております。軍機が一番早いですが使ってもよろしいでしょうか」
「ああ」
「仕度が整い次第ヘリポートにお越し下さい」
センリもスイもいつもとまるで様子が違い事態が逼迫していることがわかった。二人がいなくなり、いつもは外で控えている護衛が中に入ってくる。ロウがそのうちの一人に声をかけた。
「トキノ、お前先に三群に向かってくれ」
「はい」
「爆発の規模と被害の状況を調べてすぐおしえろ。十分に気をつけるんだぞ」
「承知いたしました」
トキノという護衛はその言葉を口にした途端姿を消した。ロウは驚くことなく、身仕度を始める。僕はどうするべきか迷っているとロウがこちらを見た。
「カナタ、悪いが今の状況ではお前を三群に連れていくしかない。今日中には帰れないと思う。準備してくれ」
「わかりました」
とにかく僕も一緒に連れて行ってもらえるらしい。正直ロウがいなくなるとどうなるのかわからないので助かる。今のところ三群の人狼に何かあったということしかわからないが、とにかく出かける準備をしなければ。
僕は持ち物も殆どないので準備はすぐに終わった。三群が今どんな状況かわからないとのことで、センリと話し合った結果ゼロは安全のためここに残していくことになった。
「ロウ様、イチ様も三群に行きたいと仰っているのですが」
「絶対に来させるな。何としてでも止めるのがお前の仕事だからな」
「はい、承知しております。ロウ様もお気をつけて」
センリは僕からケージに入ったゼロを預かると僕たちをヘリポートまで送り届ける。ここの土地の広さに改めて驚いていた僕だが、何機も並ぶ大きな戦闘ヘリを見て卒倒しそうになった。
「こ、これに乗るんですか」
「ああ。何か問題でも?」
「いえ」
飛行機が大の苦手な僕だがヘリコプターはどうなのだろう。試したことはないがすでに少し足が震えている。
「カナタさんを行かせるのはイチ様が強く反対されたのですが、ロウ様がいないとあなたはここにはいられないと思うので何とか理解していただきました」
「ご心配をおかけしてすみません」
「俺もカナタも必ず無事に帰ると伝えておいてくれ」
「はい、帰りをお待ちしております」
ロウは僕を座席に乗せると頑丈そうなシートベルトをしめる。運転手はすでに着席しており、扉が閉まると大きな音をたてて機体が浮き始める。僕はイチ様の屋敷にいた時以上にロウの手を強く握りしめていたが自分の悲鳴が聞こえたのを最後に意識を失ってしまった。
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