神様とその子供たち
003
僕は自分の身に降りかかった事態に混乱していた。もしハチが見つからなかったら、僕はいつまでもイチ様を避けていなければならないのだろうか。ロウは僕の不安を察してか部屋についても手を握ったままでいてくれた。
「カナタ、大丈夫だからな。すぐにハチに元に戻してもらうから」
「はい」
「俺が戻せればいいんだけど、ハチがどういう方向性で暗示かけてるかわかんねぇからなぁ」
「方向性?」
「イチを怖いって思わせる方法が色々あるんだよ。お前のトラウマをイチ自身と結びつけたり、もしくは愛情を恐怖に置き換えたり。色んな暗示を何重にもかけてるかもしれない。下手にさわるのは怖いし、ハチを見つけてやらせた方が絶対早い」
確かに、イチ様が怖いというだけでなくロウの側なら安心というオプションがついてる気がする。今もこうやって子供みたいに手を繋いでもらっていると平常心を保てる。
「イチが怖いの他にもなにかかけられてるかもしれないから、何かあったら何でも俺に言えよ」
「でもハチ様に来てもらうまで、ロウ様にずっといてもらうなんてかなりご迷惑だと思うんですか」
ロウ目当ての人狼がたくさん来ている。その中には女性もいる。横に僕がいるなんて気まずいにも程がある。
「カナタは気にしなくていい。とりあえず女たちには帰ってもらって、お前を怖がらせるような男には会わない。それくらいのこと何でもないんだから遠慮するな」
至れり尽くせりのロウにお礼を言う。ロウも人間が嫌いなはずなのに、安眠材料としての僕にとても優しい。
「それよりうちの息子が悪かった。帰ってきたらお前の前で土下座させるから」
「いえ、そこまではいらないです」
あんな威厳ある男に土下座なんかさせる方が恐ろしい。自分の息子のしでかしたことにロウは少し落ち込んでいた。
「そもそも、アイツの得意技は暗示をかけることじゃない。あれは後から習得した技で、元々ハチは話している相手の本心を聞き出すことを得意としてたんだ。それを戦争時代、捕虜に自白させるのをハチに任せてたら、あいついつの間にか捕虜を洗脳し始めてだな……いや、俺のためにやってくれたから俺のせいなんだけどさぁ」
戦争時代の話を挟み込まれて何と返せばいいのかわからない。捕虜とか自白とか僕が学んだ戦争に置き換えるとかなり陰惨な想像しかできないのだが。
「ハチは戦争で一番神経すり減らしてた奴なんだ。もう昔の話だけどアイツにとってはつい最近の話で……。お前はハチの事最低野郎だと思うだろうけど、そんなに悪い奴じゃないんだよ。人間にとって良い奴かってきかれるとそれはそれで微妙なんだけど」
「最低野郎とは思ってないですから。ハチ様もロウ様を思ってのことですし、元に戻していただければそれ以上のことは望みませんので」
「カナタ、お前……」
「はい」
「ドライだな」
ドライ!?
「とはいえハチはすぐには戻ってこないかもしれない。まだ都市部にいれば所在がわかるけど、山に入られたらいつになるか」
「その間はずっとロウ様の側にいさせていただけるんでしょうか!」
「勿論。まあ時間かかってもいつかは見つかるから」
それはそうだろうということを言い残してロウ様はベッドに向かう。いつもは連れ込まれているのに今は僕の方からロウについていってしまう。僕の方がロウに依存していて立場がまるで逆転してしまったかのようだった。
「そういえば、ロウ様ってすぐ駆けつけてくれましたけど、僕のこと誰に聞いたんですか」
センリを呼んですぐロウも来てくれた。僕に盗聴器でも仕掛けているのか疑いたくなるくらい早かった。
「ああ、俺耳がいいから。部屋の外でカナタの名前が出てたから耳をすませてたんだよ」
「え!? それって耳が良いレベルをこえてません?」
「驚異の聴力は俺の長所の一つだ。ちなみに嗅覚も視覚も並みの人狼以上だぞ」
暗示もかけられるしロウはやはり他の人狼とは違う。そんなに感覚が鋭くて生きづらくはないのだろうか。
「でもそんなに耳が良かったらうるさくてたまらないんじゃないんですか」
「雑音はシャットアウトできるんだよ。嗅覚も視覚も調節可能。ちなみに俺には一度見たもの聞いたことは絶対忘れない特技もあるんだけど、余計なことは忘れることもできるんだぜ。だから特に生きるのに困ったことはないし、ただただ便利でしかない」
「いいですね」
特殊能力がありすぎてロウは眠れなくなったのかとも思っていたがそうではないらしい。ロウに手招きされて横に貼り付くように座る。ロウがうとうとし始めたと思ったら、センリがケージに入ったままだったゼロを届けにきてくれた。僕はロウを横に従えたままゼロを抱っこする。センリが心配そうに僕の様子を訊ねてくれた。
「カナタさん、大丈夫ですか。身体の調子に変わりはありませんか」
「はい、問題ありません」
「困ったことがあれば何でもおっしゃってください。もしよろしければおチビさんの世話もいったんお休みにしてもいいんですよ」
「……」
確かにいつでもどこでもロウがいなくてはここにいられないのであれば、世話も難しいかもしれない。しかし。
「いえ、できればゼロのお世話はさせてもらいたいです。ゼロがいるだけで心が安らぎますし、こんな状態でもゼロを預かることでイチ様の助けになるならそうしたいです」
「カナタさん、イチ様を思う気持ちはちゃんとあるんですね……」
「もちろんですよ!」
「それを聞いて安心しました。しばらくイチ様と会えませんけど、何かあれば伝言あずかりますので」
「では、とりあえずさっき手を振り払ってしまってごめんなさいとだけ」
「わかりました、確かに。夜はチビさんをイチ様のところへ連れていきます。日中はよろしくお願い致しますね」
センリは僕との話が終わるとロウの方に意味深な笑顔を見せて部屋を出ていく。センリがいなくなってからロウは笑って言った。
「センリの奴、俺に釘刺して行ったな」
「釘?」
「いや、何でもない。カナタご飯まだだろう。持ってきてもらおう」
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