神様とその子供たち
恐怖
気づくと僕はイチ様の部屋にいた。いったいなぜ自分がここにいるのはわからなかった。ゆっくり時間をかけて、自分がイチ様の部屋に来ることになった経緯を思い出す。すぐにゼロを探すと、ベッドの上で一人で大人しく遊んでいた。安堵すると同時に時間を確認する。時計をみると昼の12時になろうとしていた。もうすぐ昼ご飯の時間だ。ハレがここに食事を運んでくる手筈になっているはずだ。
「……?」
ここは安全な見知った部屋なはずなのに何故かとても落ち着かなかった。ここにいるのは危険だと、理由もわからないのに強く思う。今すぐゼロを連れて逃げ出したいが、外に一人で出るなと言われている。どうするべきか。
「ゼロ、こっちにおいで」
なにかとてつもなく嫌な予感がする。このままここにいては良くないことが起こるのだけはわかる。とにかく、なんでも良いからとにかくここから離れなくてはならない。安全のためゼロは持ち運び用のケージに入ってもらった。急いで部屋を出ようとした時、食事を運んできたハレとかち合った。
「カナタ、お前どこ行く気だ」
「ハレ! 良かった!」
「?」
「ここから離れないとダメなんだ。一緒に来てほしい」
ハレに抱きついて助けを請う。彼は訳がわからないという顔をして僕を見ていた。
「何言ってんだよ。離れないと駄目って、まず理由を説明してくれないと」
「理由はわからない、でもここにいたくない」
「はあ? じゃあどこに行くんだ。チビの部屋に戻りたいのか」
この部屋だけじゃない、この場所は全てが危険だ。ここにいたら僕はまた……。
「あの、カナタ。そろそろ離れてくれないと…その、色々困るんだけど」
「怖い」
「え?」
「この家から出たい。お願いハレ、ここから出して」
「意味わかんないんだけど……大丈夫?」
「大丈夫じゃない……外に行きたい」
「だから理由を言えって言ってんだろーー」
訊ねられてもなにも言えない。だって、ハレを納得させられるような理由などないのだから。自分でも馬鹿なことを言っているとわかってる。でも、僕はとにかくここから出ていきたかった。
僕の様子があまりにもおかしいので、ハレがセンリを呼んだ。本来なら仕事で外出したイチ様についていくところだが、客人の世話と僕が心配だったためセンリを残していってくれたのだ。
「これはどういう状況なんですか」
ベッドの上でシーツにくるまった僕がハレに抱きついている。訝しげに近づいてくるセンリは、忙しいときに面倒を起こすなと言わんばかりの顔をしていた。
「センリさん!」
「うわっ」
ハレよりセンリの方が何とかしてくれそうだと察した僕はセンリに抱きつく。僕は改めてハレにお願いしたことをセンリに頼んだ。
「お願いします。僕をここから出してください」
「? はい?」
「さっきからずっとこの調子なんです。何があったか訊いても答えないし」
「……カナタさん、どうしてここを出たいんですか。外は危険ですよ」
「ここにいる方が危険なんです」
「どうして」
「ここにいたら、怖いものが来るから……」
「ん?」
「それが僕を…」
頭が痛い。自分が何を言っているのか自分でもよくわかなくなっている。僕は頭がおかしくなっているのだろうか。
「カナタ!」
大声で僕の名前を呼び、姿を表したのはロウだった。センリに泣きついたままの僕に駆け寄り手を握る。
「どうした? 何があった」
「ロウ様」
理由はわからないがロウに手を握られると少し落ち着いた。とにかくここから逃げなければという焦りは消え、まともに呼吸できるようになる。
「大丈夫か?」
「……はい、すみません。おかしなことを言ってしまって」
「いや、落ち着いたんならいいけど、何をそんな取り乱してたんだよ」
「僕にもわからないんです」
僕は何か忘れてるような気がする。まともに戻れたとはいえ、落ち着かないのは変わらない。ロウがいなくなったら、また不安で暴れてしまうかもしれない。どうしようかと思っていると、開けっぱなしの扉から走る足音が聞こえてきた。
「カナタ……!」
「イチ様」
センリが名前を呼び足音の主がわかる。僕の名前を呼びながら伸ばされた彼の手を、僕は掴もうとしたはずだった。
「うわあああ!」
「カナタ? どうした?」
「来ないで!」
イチ様の姿を見た瞬間震えが止まらない。彼が側にいることが怖くてたまらない。ロウの影に隠れイチ様の視線から逃れる。
「イチが怖いのか?」
ロウに尋ねられてシーツにくるまったまま頷く。混乱していた。大好きだったイチ様に対して、なぜ自分がそんなことをしているのか。
「……カナタ、お前ハチと話したな。二人で」
ロウが口にしたハチという名前に思い出す。そうだ、僕はハチと話していたはずだ。でも、いつ彼がここからいなくなったのか覚えていない。僕が再び頷くと、ロウが舌打ちした。
「ハチを連れてこい! 今すぐ! それからイチは今だけ部屋出てろ。何があるかわかんねぇからな」
ロウの指示にイチ様が部屋から出る足音が聞こえる。彼が側にいないとわかって安堵すると同時に、手を振り払った時に見た彼の顔がずっと忘れられなかった。
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