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神様とその子供たち
002


教官と呼ばれた男に乗せられたのは、先程まで乗車していた乗り物とほぼ同じものだった。色や細かい違いはあるものの、変わらず運転席はなく妙な浮遊感がある。しかし今度は囚人のような拘束をされることはなく、シートベルトを絞められただけだった。
彼は俺の怪我に障らないように配慮しながら俺を乗せると、自分も真向かいに座る。再び勝手に動き出したので、この車に運転手は必要ないのではないかと推測し始めていた。状況を確認するために色々と質問したかったが、目の前の男は威厳があり、難しい顔をして小さめのタブレットを睨んでいる。猿轡がなくとも、気軽に話しかけられる雰囲気ではなかった。

それから20分ほどたっただろうか。大人しく黙って座っていると今までとは明らかに違う音と揺れかたをして車が停車し扉が開いた。男はシートベルトを外し、ついでに指の拘束も外してくれた。ついてくるように手で合図され素直に従い車外に出ると、そこは真っ暗な室内だった。細かいところは見えないが狭い駐車場のようだ。

「私の家だ。入ってくれ」

男が扉をあけて、中に入るように促す。警察署には見えないと思ったら、彼の自宅? 意味がわからないが仕方なく従おうとして、出した足を引っ込めた。

「すみません、僕、足が汚れてて」

「靴を履いてないのか。足の裏は怪我してないか?」

「だ、大丈夫です…」

「ちょっと待ってろ」

男は一人靴を脱いで部屋に入っていく。中の電気をつけたので室内の様子がよく見えた。程よく生活感があり、ここが彼の自宅であることはほぼ間違いなかった。

「待たせたな」

戻ってきた男が持っていたタオルで、僕の汚れた足を拭いてくれる。まるで小さな子供みたいな扱いだ。僕の方も自分でできることなのに、彼のされるがままになっていた。

「ほら、綺麗になったぞ。さあ入れ」

「……」

頷いて怖々と部屋の中に足を踏み入れるも、本当にここに入っていいのだろうかと不安になってくる。早く家に帰りたい。家族と連絡が取りたい。なぜ僕はここに連れてこられたのだろう。

「あの、僕、どうしてあんなところに倒れていたのかわからなくて…電話を、家族に電話してもいいですか?」

「ああ。だがまず怪我の手当てが先だ。そこに座りなさい」

綺麗に片付けられた部屋の真ん中にある固めのソファーに座らされる。救急箱らしきものを持ってきた彼に服を脱ぐように指示され、なるべく傷に触れないように気を付けながら半裸になった。男はしげしげと左腕を眺めた後、傷に大きめの絆創膏を貼った。

「止血はしてあるみたいだ。これは俺がいいと言うまではずすなよ」

「…はい」

「お前、どうしてあそこにいたかわからないと言っていたが、どこまで覚えている」

「僕は…家にいたんです。家で普通に寝てて、なのにいきなり外にいて…」

訳がわからなくて、支離滅裂な言葉を並べてしまう。本当に何が起こっているのわからないのだ。あそこにいたことも、ここになぜ連れて来られているのかもわからない。倒れていた所が見覚えがない場所なのはもちろんだが、まるで外国のように馴染みがなかった。目の前の男が日本語を話していなければ、異国にでも拉致されたのかと思っただろう。

「でも、そういえば……春なのに暑かった…」

「春?」

「外の気温です。やけに暑かった気がするんですが、ここは日本なんですよね? まさか沖縄とかじゃ…」

パニックで気温のことまで頭になかったが、まるで真夏のような暑さだった。昨日まではもっと過ごしやすい気温だったのに。

「今日の日付を言ってみろ」

「日付け……昨日が11日だったから、5月12日…ですか?」

「……」

そこに間違いはないはずなのに、男が思いきり顔をしかめる。こちらを探るような目付きに変わり思わず身構えた。

「わかった。すまないがここに、氏名、住所、生年月日と年齢。あと電話番号、職場の名称と連絡先、もしくは所属する学校名を書いてくれ。あと家族の名前も」

ペンとメモ用紙を渡されて、指示に従う。書いている間も、本当にこのままでいいのかともちろん思っていた。個人情報を知らない男に簡単におしえるなんて小学生でもやらないだろう。制服を着ているが警察のものではないし、連行する場所が自宅というのもおかしい。目の前の男が信用できないのは確かだが、もし悪い人間ならば逆らうのも得策ではない。

「ありがとう。確認を取らせてもらう」

書き終わると男が顔をしかめながら紙に目を通す。その様子を窺っていると男がこちらに視線を向けた。その目が冷たく光ったので、心臓の鼓動が今にも直に聞こえそうだった。

「悪いが、その間ここで拘束させてもらうことになる」

「…拘束? なぜ?」

「君が犯罪者である可能性があるからだ」

「はあ?!」

男の発言に我慢できず怒鳴ってしまう。なぜ外で意識を失っていたら犯罪者になるのか。むしろ被害者の方だろう。

「どうして僕が犯罪者なんですか! 僕は何もしてません」

「その理由を説明するには情報が足りない。あくまで可能性の話だ。ここは私の自宅で、君を連れてきた時点でかなりのリスクを負ってる。頼むから、私がここを離れる間だけ拘束させてくれ」

「……」

嫌だと言ってもこの男なら無理矢理にでも拘束してきそうだ。すでに左腕の傷は痛むし、これ以上怪我をしたくない。仕方なく頷くと彼は僕をベッドまで誘導し座らせる。どこかから手錠を取りだしベッドと僕を手際よく繋いだ。

「すまない。少しの間だけだ。必ず戻ったら外すからな」

「……あなたは一体誰なんですか」

怖かったが、勇気を振り絞って訊ねた。助けてくれたようにも思えるが、何もわからないままでは不安で押し潰されそうだ。

「僕のことは話しました。あなたのことも話してください……!」

「……そうだな、悪かった。名乗るのが遅れたな。私の名前は真崎理一郎。軍事警察学校の教官だ。君に危害を加えるつもりはないから安心してくれ」

はいそうですかとあっさり納得できるほど馬鹿ではない。軍事警察学校の教官の仕事内容は知らないが、民間人を自宅に拘束する権利がある立場とは思えない。しかし彼が嘘をついているようにも見えないのも事実だ。

「不安だろうが、頼むから暴れたり叫んだり、逃げようとはしないでくれ。大人しくしていれば、必ず解放すると約束しよう。すぐに戻る」

男はそれだけ言って、部屋を出ていく。その場に一人残された僕は、かけられた手錠を見ながら項垂れた。


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