神様とその子供たち
010
「!?」
いとも簡単にキスされてしまった。いやかなり全力で抵抗をして、なんなら相手を殴る勢いで拒絶しているのだがナナの身体はビクともしない。僕がどれだけ力を入れても石像のように動かない。なのに口の中に彼の舌が入ってきて、それを押し出そうと自分の舌で奮闘するもうまくいかない。
「ん…んんぅ……」
窒息で死ぬ寸前でナナがようやく口を離してくれた。そのままソファーに押し倒されもう一度キスされそうになったので顔を背けて抗議した。
「な、なにするんですか。やめてください」
「心配すんな、兄貴には内緒にしといてやるから」
「は!?」
断じてそういう問題ではない。ナナの指が僕の下半身、主に尻を撫で回すので本格的に焦ってしまう。もうすぐハレが帰ってくるというのにこの男は何を考えているんだ。
「あのあのあの、ちょっとききたいことがあるんですけど!」
「? なに?」
とにかく時間をかせぎたくて叫ぶようにナナに話しかける。ハレが帰ってくるまでなんとか気をそらさなければ。
「昨日言ってた、センリさんの結婚相手って誰なんですか!」
虚をつかれた様子で僕を見るナナ。しばらく口をぽかんと開けた後訝しそうに答えた。
「なんでそんなこと気にしてんの。カナタ、センリのことも好きなの?」
「違います…! でもセンリさんにはお世話になってるので気になるというか」
「ほんとかなぁ〜まああれは俺の嘘なんだけどね」
「嘘!?」
まさかの彼の発言に絶句する。そんな嘘をセンリについていいのだろうか。
「なんで嘘を……?」
「だってさぁ、今のままじゃセンリは誰とも付き合わないまま、ずーっと一人なんだぜ。そんなの寂しいじゃん。俺がきっかけ作ってやらなきゃ」
「そういうものですか?」
僕は今まで恋人なんかいなくてもいいと思っていたが、イチ様を好きになれたことは僕の中で幸せなことだった。だが、恋人がいなくても幸せになれるという意見は変わっていない。
「でもナナ様も恋人いらっしゃらないですよね」
「俺は博愛主義だから仕方ないの。好きな子がいっぱいいて一人に絞れねぇんだよ」
「嘘だってセンリさんにおしえていいですか?」
「何でだよ! 言ったら俺、これから何があっても親父側につくからな。お前らの応援なんかもうしてやらねぇ」
「そんな、それはちょっとズルいですよ!」
元から応援されていたかどうかは知らないが、ナナにロウ側につかれてしまうのは困る。ただでさえこちらの味方は殆どいないというのに。慌てて抗議するとナナは何故か嬉しそうに笑っていた。
「カナタは怒った顔も可愛いな。兄貴だけのものにするのはもったいねぇんだよな」
「か、可愛くはないです。というかそんなことどうでもいいじゃないですか。今はセンリさんの話を」
「お前と俺の話だったのにすり替えたのはカナタだろー。別に兄貴と別れろって言ってるわけじゃないんだし、俺とも付き合えばいいじゃん。気楽に考えようぜ」
「僕は! 何人とも同時に付き合う気はありません! そもそも今までそういうことに興味を持ったこと自体ありませんし、そんなお誘いは迷惑です! もうお願いですからやめてください…!」
言い切ってからしまったと思った。相手はただの人間じゃない。いくらイチ様の恋人候補筆頭になっているとはいえ、ナナは人狼だ。しかも人狼の中でも立場のある人だ。こんな失礼な態度、どんな人間も取ったことはないのではないだろう。
「も、申し訳ありません。言いすぎました」
「え? 別にそんな謝らなくても怒ったりしないけど」
僕の失言に怒ることもなくさらっと流してくれたナナに驚く。僕は彼を少し誤解していたのかもしれない。なんというか、心が広い。
「でも拒絶されたのは初だな」
「えっ、初めてなんですか」
「これはいける! って奴にしか迫らないから」
「僕のどこにいける要素が!?」
「だって最初に会ったとき、お前すっごい寂しそうだったもんよ〜」
「……」
最初は確かに僕は不安でいっぱいだった。でも真崎やイチ様、ここで働く人狼達のおかげで救われた。今でも寂しい気持ちはあるが、精神は比較的安定している。
「ナナ様も、僕の心がよめるんですか」
心のなかを見透かされているようでつい訊ねてしまう。そんな僕にナナは無邪気な笑みを見せた。
「いやあ、まさか。ただ俺はカナタに好かれたいから、そのために気を配ってるだけだよ」
「……」
ナナに優しく微笑みかけられて、口説かれていることに気づく。彼が本気を出したら、誰でも落ちてしまうのではないだろうかと思った。
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