神様とその子供たち
009
その日はイチ様にゼロごと抱き締められて眠り、次の日イチ様を見送ったあと僕は上機嫌で部屋の掃除を始めた。イチ様にプロポーズのような告白をされて、それからずっと浮かれていた僕だが、ふと自分の本来の目的を思い出して気持ちはあっという間に沈んだ。
「……どうしよう」
一人嘆く僕を不安そうに見つめるゼロ。僕が元の時代に戻ったらイチ様はきっと悲しむ。ゼロだって、僕がずっとお世話してあげたい。僕がここにいるということは、家族のもとに帰るのを諦めるということだ。
帰れる方法なんて今は手がかりすら得られていないが、もしこの先どちらかを選ばなければならなくなった時僕はどうするのだろう。少しばかり悩んだが、答えはすぐに出た。
僕はやっぱり、家に、家族のもとに帰りたい。
イチ様のことは好きだし、彼以上に好きになれる相手がこれから出てくるとは思えない。ゼロだって、僕にすごく懐いてくれて本当の家族のように思っている。
でも僕はどうしても、元の時代に戻って家族に恩返しがしたかった。ここまで育ててくれたのに突然失踪して行方知れずだなんて、両親や兄たちがどんなに悲しむか。下手したらみんなの人生を狂わせてしまう。そのことを考えるだけで胸がつぶれそうなほど苦しくなる。せめて、遠い場所で幸せに暮らしていると伝えられたらどんなにいいか。
それから二日、僕はイチ様がいないところではずっと悩んでいた。帰れるようになったら帰る。それはもう決まっている。僕が悩んでいるのはイチ様に僕が過去から来たことを話すべきか、ということだ。
突然消えることになったらイチ様にも僕の家族と同じ思いをさせてしまう。頭がおかしくなったと思われるかもしれないが、何も話さずにいるよりはいい。
日課の朝の散歩のため、僕はゼロを外へと連れ出した。ゼロの歩く姿を見ている心が癒される。やるべきことはわかっているのに結局勇気が出せずイチ様にはまだ隠し事をしたままだ。
「キャン!」
「ゼロ?」
いつもは自由に走り回るのに、今日に限っては僕の足元にばかりまとわりついてくる。ゼロは賢いから、僕がゼロとの別れのことばかり考えているのがわかるのだろうか。
「大丈夫だよ、ゼロ。当分どこにもいかないから」
「……」
「うん、そうだよね。ずっと一緒にいるって言えたらいいのに、ごめん」
庭のど真ん中でゼロをぎゅっと抱き締める。ゼロが切なげにクンクン鳴いていて、思わず涙がでそうになった。ゼロと別れることを思うと身が引き裂かれるような思いがした。ゼロもイチ様もまるごとみんな連れていけたらいいのに。もちろん、そんなことは無理だとわかってる。いつか永遠に会えなくなるのだとしたら、これ以上思い出が増えるのもつらい。
「ゼロ、好きだよ…」
元の時代に帰れる方法なんてないのかもしれない。でも僕はそれがはっきりとわかるまでは絶対に諦められない。僕は家に帰らなければならないのだ。
「ゼロ?」
ゼロが突然泣き止んだので、おかしいと思って顔を覗き込む。ゼロは僕の背後をひたすら見つめていて、振り返ると庭の花壇の近くに一人の人狼が立っていて、こちらをじっと見ていた。どこか見覚えがあると思い目を凝らしながらその男に近寄っていく。その男の正体がわかって僕は驚きのあまり叫んだ。
「ロウ様!?」
彼がなぜこんな所に一人でいるのか。すぐに駆け寄って声をかける。後ろからゼロが追いかけてくる足音が聞こえた。
「どうしてここに……あっ、この前は慌ただしくお別れになってしまってすみません。イチ様に会いに来られたんですか?」
「……」
「ロウ様?」
どうも様子がおかしいロウに顔をしかめる。こちらの問いかけに反応しない。顔色も悪く生気がないようにも見える。彼は本当にロウなのだろうか。
「……の物は……取り返さねぇと……」
「え?」
ぽつぽつと何か呟いているが聞き取りづらい。顔を近づけロウの言葉に耳をそばだてる。
「ロウ様、何か様子が……」
「どうしても眠れねぇ。あれからずっと、寝れてねぇんだよ」
今度はハッキリ聞き取れた。完全に僕に対しての愚痴だ。
「ね、眠れてないんですか? それに関しては本当にごめんなさい。あの、大丈夫ですか」
「大丈夫なもんか」
虚ろな目をしたロウ様に突然抱き締められる。というよりは彼が崩れそうになったのを僕が支えた。僕が思った以上に彼は追い詰められていた。
「頼むカナタ。ここを出て俺と一緒に来てくれ。もう、一人でいるのには耐えられないんだ」
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