しあわせの唄がきこえる
003
「とりあえず、藤貴は暁を問い詰めて犯人の名前吐かせろ。それがわからない限り俺はここに戻らないし暁をあんな学校には返さない」
1ヶ月という期限はもう間近に迫っているが、例えそれを過ぎてでも俺は決着がつくまでは向こうに残ると決めていた。最終的にどうするか具体的に考えているわけじゃないが、犯人を見た途端ぶん殴ってしまいそうではある。
「そりゃやってはみるけど、多分暁はおしえてくれないぜ。お前がそいつを締め上げるのがわかってるだろうからな。俺は無理強いはできない」
「それでもいい。何かヒントだけでもわかったらおしえてくれ」
「お前はどうすんの」
「とりあえず、遠藤流生から話をきく。あいつは犯人知ってるみたいだしな。暁から聞き出すより楽だろ」
「……そうだな。でもあんま無理すんなよ。羽生とかいう不良のことだってあるんだから」
「わかってる」
昔からの腐れ縁で渋々、俺の尻拭いをしてくれている藤貴。でもどんな面倒なことでも俺が困っていたら助けてくれたし、いつも俺の味方をしてくれた。こんなに迷惑かけても見捨てないでくれる奴はなかなかいないだろう。
「ありがとな、藤貴」
「うっわ、なんだよ。お礼とかキモいからやめろ」
「ははっ」
心底気味悪がってる様子の藤貴に思わず吹き出す。確かに改めて考えると今のは確か気持ち悪いし、尾藤忍らしくない。向こうに行ったせいで自分でも知らないうちに性格が変わったのだろうか。
怒りはまだおさまらないが、いくぶんか冷静になることができた。絶対に流生に犯人の名前を吐かせて、さっさと決着をつけてやる。今からどう落とし前をつけてやるか、俺はそればかり考えていた。
次の日、遅刻すれすれで登校した俺は廊下を歩いている途中階後ろから名前を呼ばれた。声で相手が誰かわかっていたので、待ってましたとばかりに振り返った。
「おはよう、流生」
「しー君! 何で昨日電話くれなかったの? 何度もかけたのに」
「あー悪い悪い、色々忙しくてさ。でも昨日はほんと助かったよ。体調不良ってことにしてくれたんだろ? 桃吾にまで嘘ついてもらって悪かったなー」
「そんなこと今は聞いてない!」
あくまで小声で二人引っ付いてこそこそと話す俺達。流生は相当イラついているようだったが怒りを押し殺して俺を鋭く睨み付けていた。
「てかその鞄、俺のじゃん。もしかして持っててくれた? 置いて帰っても良かったのに」
「そんなことしたら今日には鞄捨てられて……ってそうじゃなくて、あき君と話したんだよね? どうなったか、ちゃんと説明して」
「はあ? そんなに気になるなら、暁に電話でもして自分で聞けば良かっただろ」
「駄目だよ。あの事件のことは、なかったことにしてくれって言われてるんだ。襲われたことはもちろん、外出できなかった5日間のことも、全部忘れろって。それくらいあき君はつらいのに。もうあき君を、苦しめるのはやめて」
「別に苦しめてねぇだろ。あいつの代わりに犯人をぶっとばしてやるだけなんだから」
「だから、それが駄目なの。そんなことしたら、先輩にあき君のことがバレる」
「別にいいじゃねーか。暁は嫌かもしれねぇけど、あいつにバレたところでせいぜい犯人を殺さねーように気を付けてやりゃいいだけだし」
暁が隠したいと思うのは無理もないが、俺達がそれに従ってやる理由はない。むしろ本当に暁のことを思うのであれば、崎谷に事実を伝えてやるべきだろう。
「だめ、あき君との約束だもん。俺が余計なことして、崎谷先輩にこの事がバレたら、あき君をもっと傷つけることになるよ」
確かに、こいつにとっては暁の精神が一番大事なのかもしれない。でも犯人が今もこの学校にいて暁の周りをうろうろする方がよっぽどメンタルやられるだろうに。こいつが頑なに崎谷に隠そうとしてるのには別の理由があるはずだ。
「……違うな。お前は崎谷にバレて、二人の誤解がとけるのが嫌なんだろ。いま崎谷は自分が暁にフラれたと思ってる。暁に何があったかわかればすぐにでも暁とやり直そうとするはずだ。俺の目がごまかせると思うなよ。お前が仲の良い友達で満足できるようには、とても見えねえぜ」
「……」
はじめて会ったときから、こいつの暁を見る目が尋常じゃない事には気づいていた。俺が忍だとわかってからは大人しくなっていたので忘れかけていたが、こいつは本当はとても危険な男だ。
「そうだよ。当たり前じゃん。俺は崎谷なんかに、あき君を返すつもりはない」
「はは、ずいぶん素直じゃねーか」
ずいぶんとあっさり本音を口に出した流生に拍子抜けしたが、確かにここまできて俺に取り繕う必要はないのだろう。下手に嘘をつかれるよりはこっちの方が俺もやりやすい。
「でもその様子じゃ、まだ犯人はわかってないんだね。あき君がおしえるわけないから、当たり前だけど。まともに話、させてもらえなかったんじゃない?」
「まあな。でも崎谷と暁が別れたままだからといって、暁がお前のこと好きになるわけじゃない。とっとと諦めた方が身のためじゃないか」
俺の言葉に流生が静かに怒っているのがわかった。周りの温度が一気に冷えた気がする。
「ほんとしー君って、顔はあき君そっくりなのに、中身は正反対だよね。全っ然可愛くない」
「それはもう耳ダコ。でもお前のためにもうちょっと暁っぽく可愛くしてやってもいいぜ。犯人おしえてくれるなら」
「絶対、いや」
俺の頼みをすんなり断った流生は、怒ったまま歩いて行ってしまう。もとより簡単におしえてくれるとは思っていなかったが、もう少し考えて物を言えば良かった。これでますます、流生から犯人を聞き出すのは難しくなってしまった。流生の口を無理矢理割らせる以外の方法も考えなくてはならないかもしれない。
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