しあわせの唄がきこえる
デバッグ
「……な、なんだよそれ……まさか暁が……」
流生から話を聞いても、俺はまだ混乱してすぐには受け入れることができなかった。あの暁がそんなことになっていたなんて、何かあったとは思っていたがここまで酷いとは思わなかった。
「暁、あんなに元気だったのに」
「あそこまで回復するの、大変だったんだよ。しばらく何も口にできなかったし、人に触れられるのが恐くて、俺の部屋から出られなかった」
「……」
ようやく、暁が崎谷と別れた理由がわかった。本当は別れたくなかったはずだが、他にどうすることもできなかったんだろう。
「あそこまで演技できるようになったのは、全部先輩にバレたくないがためなんだ。だから、しー君は余計なことしないで」
「余計なこと?」
「無駄に騒ぐなってこと」
流生の刺々しい言い方にカチンとくる。だが確かにこのまま自分を抑えていられるか自信はない。
「やったのは誰だ」
「……わからない。どんなに聞いてもおしえてくれなかった。あき君は色んな奴らに狙われてたから、検討もつかない」
「はあ? んだよそれ……」
わからないとはどういうことだと奴を睨み付ける。確かに流生に言えば犯人はただでは済まなさそうだが、本当にこいつがそれで納得したとは思えない。
「嘘をつくな、お前が知らないわけねぇだろ。暁に無理矢理でも口を割らせたはずだ。本当の事を言え」
警戒する相手がわからなければ、暁を守れない。暁を溺愛するこいつがそれを許すはずがない。流生の表情を見てすぐに図星だとわかった。
「……あき君に、頼まれたんだ。絶対に先輩には知られたくないから、何もしないでくれって。その約束を守るのを条件におしえてもらった。そいつをすぐにでも叩きのめしてやりたいけど、約束だから」
「だからそれは誰だってきいてんだよ」
「言わない」
「ああ!?」
流生の胸ぐらを掴み上げて脅すも奴は涼しい顔をしている。俺なんてまったく恐くない、と口には出さずとも目が言っていた。
「絶対に言わない。あき君の許可なしには話さない。俺から聞き出そうとしても、無駄だ」
「……」
奴の表情を見て、これはいくら言っても何も話さないだろうと悟る。ここでこいつを無理矢理吐かせる時間と体力がもったいない。
「俺は早退する。後のことは任せるから」
「えっ、どこ行くの!?」
「暁んとこに決まってるだろ」
「だ、駄目だよ!」
慌てて俺の手を掴んで引き止める流生の手を乱暴に振り払う。俺がお前から何も聞き出せないように、お前も俺を止められない。無駄だとわからせるために奴を突き飛ばした。
「お前が何も言わねーんだから本人にきくしかねぇだろ。邪魔すんな」
「しー君!」
叫ぶ流生を無視して俺は走り出した。幸い携帯と財布、キーケースはポケットに入ったままだったのでそのまま校門から出ていく。誰に向けているのかわからない怒りを持て余したまま、暁がいるであろう自分の家へ全速力で向かっていた。
学校から俺の家までの距離は結構ある。電車とバスを乗り継ぎ、俺が自分の地元に戻る頃には夕方になっていた。まさか久々の帰宅がまさかこんな形になろうとは。途中で藤貴に電話をすると暁と一緒に家にいるというので、そのまま暁を捕まえておくように頼んでおいた。父親の帰りが遅いことも確認した。これで思う存分暁と話せる。
うちのマンションの鍵は持っていたので、インターホンを鳴らすことなく部屋に上がり込んだ。懐かしい我が家に浸る間もなく暁達を探す。家にいると言ったのにリビングには姿が見えず、何かおかしいと思った。俺の部屋から口論する声が聞こえ、すぐさま扉を開けるとそこには藤貴に無理矢理ベッドに押さえつけられた暁がいた。
「な、何してんだお前ら」
「忍が会いに来るって言ったら、いきなり暴れ出したんだよ。お前のために引き止めてんだから手ぇ貸せ」
「暴れだしたって、何で……」
いつもなら笑顔で俺を迎えてくれる暁は、今にも泣きそうな顔をして俺を見ていた。きっと俺がここに来た理由がわかったのだろう。ばつが悪そうに目をふせて項垂れる暁に、藤貴はやっと手を離した。
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