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しあわせの唄がきこえる
009


それから流生からの返事は返ってこなかったが、何も言わないのが流生なりの返事なのだろうと思った。もう関わらないことが俺のためになると、そう考えてくれたのだろう。流生とさよならをして心に穴があいた様な喪失感を味わったが、仕方のないことだと自分に言い聞かせ、今は先輩の事だけを考えるようにした。


テスト最終日、決意が鈍らないうちに先輩に突撃したかったが、テスト前に会いに行くのは迷惑なのでひたすら我慢した。自分のテストの出来はあまりよくないだろうが、この際点数などどうでもいい。先輩に会う、俺の頭にはそれしかなかった。



テスト中はまったく集中できなかったが、どの教科も一応無難に終わらせた。けしていい点数はとれないだろうが赤点にはならないはずだ。
ようやく中間テスト最後の科目である日本史を残すだけとなり、とりあえず、と休み時間は教科書に目を通していた。これが終わったら必ず先輩を捕まえる、と頭の中はそればかりだった。


「立川君」

突然、教卓の近くにいた見知らぬ生徒に声をかけられる。見覚えがないので違うクラスの人だろうが、俺に何の用事があるのだろうか。

「崎谷先輩からの伝言がある」

「えっ」

「次のテスト時間に体育倉庫まで来て欲しい。話したいことがあるから、なるべく早く、だって」

「な、何それどういうこと……」

「とにかく伝えたから」

突然のことに詳しく話を聞こうとしたが、その生徒はすぐに踵を返し出ていこうとする。そして見計らったようなタイミングでそいつと入れ違いに先生が教室に入り、俺達に座るように指示した。それでも俺はその生徒を追いかけて教室を出ようとしたが、名指しで注意されて強制的に席に戻されてしまう。そして訳がわからないうちにいつの間にかテストが始まってしまい、もうどうすることもできなかった。



問題を解きながら俺はさっき言われたことを考えていた。先輩からの伝言、と彼は言っていたがそもそもどうして同じクラスでもない人間に言付けたりしたのか。メールでもすればそんな必要まったくないのに。友達のいない先輩がするようなことじゃない。
となると、やはりこれは罠で先輩ではない人間の仕業ということになる。その目的が謎だが、もしかすると俺を嫌う先輩のファンが嫌がらせでやっているのかもしれない。ならばのこのこ行ってやる必要はないだろう。


……でもやっぱり、もしかしたらという思いを捨てきれない。100パーセント今の伝言が嘘だという確証はないのだ。本当に先輩が待っている可能性が1パーセントでもあるなら、その可能性にかけるべきだ。
本当ならメールでも電話でもして伝言が本物かどうか確認したいところだが、俺の携帯はロッカーに突っ込んだ鞄の中だ。テスト真っ最中に触れるチャンスはない。

問題を解きつつ、行くべきかどうかギリギリまで俺は悩んでいた。けれどその一方で例え馬鹿を見るだけだとしても、このまま無視なんてできるわけがないとも思っていた。

幸い、日本史はそれほど難しくなくテストの残り時間がかなり余った。そしてその時には俺の心は決まっていた。


「先生」

「……どうしたの? 立川君」

「トイレに行ってきてもいいですか」

「かまわないけど、解答用紙は回収しますよ」

「はい、大丈夫です」

迷わずテスト用紙を提出し、俺はその身一つで教室を飛び出した。怪訝そうな顔の流生と一瞬目があった気がしたが、気にせずそのまま突き進む。俺って馬鹿だと思いつつ、怒られるのを覚悟で廊下を走り先輩が待つであろう体育倉庫まで走った。別に騙されてもかまわない、むしろ先輩が本当に待っている方が驚きだ。


こんな嫌がらせに簡単に踊らされるなんて、単純すぎて笑えてくる。
誰もいない体育倉庫を目の当たりにしても俺は落ち着いていた。むしろ先輩を待たせてしまったわけではないとわかってほっとしていたぐらいだ。

早く教室に戻ろうと踵を返したとき、背後から人の気配がした。振り向くと、そこには意外な人物が立っていた。

「……なんで」


呆然とする俺の手を、そいつは乱暴に掴む。そしてそのまま抵抗する間もなく物凄い力で俺を体育倉庫に引きずり込んだ。

その後起こったことは、今でもまったく理解できない。ただこれから先もずっと消えることはないであろう傷痕を、深く深く俺の中に残していった。



第三章 おわり


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あきゅろす。
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