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しあわせの唄がきこえる
008


今まではメールをしても電話をしても、先輩から返事がないことなんて一度もなかった。このタイミングで連絡がつかないなんて、もう先輩にあの動画を見られて意図的に無視されてるとしか思えない。



中間テスト2日目、俺はまるで問題に集中できていなかった。静まり返った教室の中、皆がペンを走らせる音だけが響く。問題を解くことで平常心を保ちたいのに、気づくと先輩のことばかり考えてしまった。

「……」

何が悲しいというわけでもないのに、自然と涙が溢れてくる。自分で思っていたよりもずっと、俺の中での先輩の占める割合は大きかったらしい。崎谷先輩に嫌われてしまった、会うどころか話しもしてくれないなんて、こんなの耐えられるはずかない。


昨日はすぐにでも先輩に会って話をしたいと思っていたが、今はもう顔を合わせるのが怖かった。先輩に別れを切り出されたら、俺はもう立ち直れないかもしれない。

とりあえず少しずつでも問題を解いて、今だけでも先輩のことは忘れよう。俺は周りに悟られぬ様、俯きながら静かに涙が止まるのを待っていた。




「あき君」

テストが終わって、しばらくその場から動けなくなっていた俺に流生が声をかけてきた。今は俺と流生が話すだけで空気が変わるようで、まともに返事をすることができなかった。

「ごめん、声かけちゃ駄目だってわかってるんだけど、こんな状態のあき君をほっとけなくて」

この不安そうな表情、もしかして泣いているのに気づかれていたのか。力なく微笑むだけの俺に、流生の方が傷ついているみたいだった。

「俺はずっと、あき君の味方だから。話したくなったら、いつでも飛んでくるから。あき君を一人にはしない、それを忘れないで」

「……ありがとう」

礼を言うだけで精一杯の俺の手を流生が優しく握る。流生の言葉は嬉しかったが、今の俺にそれを握り返す力はなかった。







携帯を一分おきに確認して先輩からの返事をずっと待っていると、桃吾からのメールが届いた。いつもの場所に来てほしいと言われたので、俺は落ち込んだ気分のまま桃吾の待つ中庭へ向かった。

「暁! ……ってお前なんて顔してんだよ」

「桃吾……」

幼馴染みの顔を見るとなんだか安心して、力が抜けた俺はその場に座り込んだ。桃吾は俺の体を支えて、ベンチへと移動させる。

「大丈夫……じゃなさそうだな。何があったんだよ」

「桃吾は、あの動画のこと知ってるのか」

「あ、ああ。俺は見てねぇけど、そういうのがあるって噂は聞いた。だから事情を聞こうと思って呼んだんだよ。まさかお前、先輩から遠藤に心変わりしたわけじゃねぇだろ?」

「違うけど、俺……」

桃吾には一から事情を説明した。流生が俺を庇って怪我をしたこと。流生が俺を好きだと言ったこと。そして俺が流生の最後の頼みを断れなかったこと。桃吾は俺のまとまりのない話を最後まで真剣に聞いてくれた。

「俺、自分が楽になりたいからって先輩を裏切った。先輩は俺のこと好きになってくれたのに、全部台無しにしたんだよ」

蒼井君にも、崎谷先輩のと付き合うなら覚悟を決めろと言われていたのに、俺はなんて馬鹿なことをしたのか。口に出せば出すほど、自分がいかに馬鹿で軽薄だったかを自覚する。先輩を一人にしたくない。そう思っていたはずの俺が最悪の形で先輩を裏切ったのだ。

「……俺、もう先輩とは会えない。言い訳のしようもない」

先輩と会うことをあんなに望んでいた俺は、もうその気力を失うほど後悔していた。せっかく先輩は俺を好きになってくれたのに、俺はそれを台無しにしてしまった。謝って済む問題ではない。

「暁、お前先輩が好きなんだろ」

「……」

「だったら先輩にそう言えよ。許してくれるかどうかわからなくても、このまま黙ってるのは間違いだろ」

「でも…」

「でも、じゃない。お前はただ嫌なことから逃げようとしてるだけじゃねぇか。先輩に申し訳ないって思ってるなら、それをちゃんと受け止めて謝るぐらいしろ」

「……」

いつになく辛辣な桃吾の言葉、でもそれは全部正しかった。結局、俺には勇気がないのだ。全部話してそれでも許してもらえなかったら。今まで見たこともないような冷たい目を向けられたら。そう考えると怖くて何もできなかった。

「大丈夫だ、何があっても暁には俺がいる。お前が頑張れなくなったら俺が支えるよ。だからそんな簡単に諦めるな。しつこいのがお前の長所だろ?」

もうこれでおしまいだと思っていたはずなのに、桃吾に大丈夫だと言われるとそんな気がしてくるから不思議だ。先輩も流生もいなくなって自分は孤独だと思っていたが、それは大きな間違いだった。

「……ありがと桃吾。俺、頑張るよ。もう簡単に諦めたりしない。少なくとも先輩が俺の話をちゃんと聞いてくれるまでは」

「よし、それでこそ暁だ」

「でもしつこいは余計だから。だいたい長所じゃねーし」

「ははっ、何だよ調子でてきたじゃん」

満面の笑みでばんばんと力強く背中を叩きまくってくる桃吾。運動部男子の手加減の知らない励ましはかなり痛いが、すごく心強い。さっきまでもうこの世の終わりぐらいの勢いで沈んでいた俺だが、桃吾のおかげで先輩と向き合う勇気が出た。


その日の夜、俺は流生にメールをした。先輩としっかり向き合う事、今まで俺を支えてくれ事へのお礼、そして最後の別れを言うためだ。流生と離れるのは寂しいが、先輩に誠心誠意謝るためにはどうしても必要なことだった。


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