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しあわせの唄がきこえる
007


中間テスト一日目、その日は朝からどうも様子がおかしかった。普段より周りからの視線を強く感じる。何かあったのか誰かに聞きたかったが、流生から離れた今、気軽に話しかけられる相手がいない。テストに集中することで気にしないようにしていたが、放課後になる頃には周囲の目は無視できるレベルではなくなっていた。




「あき君、ちょっといい?」

「……流生」

テストが終わって放課後、離れることを決意した友人に昨日の今日で話しかけられた。一瞬迷ったが流生の目が真剣そのものだったので俺は頷き、彼についていくことにした。もしかするとこの不可解な状況の理由がわかるかもしれないと思ったのだ。

人気のないところまで移動すると、流生が神妙な顔つきで携帯を差し出した。

「何……?」

「昨晩から出回ってる。友達が、おしえてくれたんだ。とにかく見てほしい」

流生が見せてきたのは短い動画で、誰かが撮影したらしいこの学校の教室内が映っている。いったい何なのかと目を凝らしていると見覚えのある後ろ姿が見えて俺は凍りついた。

「こ、これって…何で……?」

流生は暗い表情で首を振る。そこに映っていたのは俺と流生。隠し撮りのような見えづらいアングルだが確かに昨日の俺達だった。

「あの時、俺達以外にもあそこにいたらしい。……ごめん、気づかなくて」

「嘘だろ…」

画質は粗いが俺達がキスするところまでばっちり映っていた。自分の胸の鼓動がどんどん強くなっていく。これがどういうことなのか理解する程に、頭が真っ白になっていった。

「……先輩もこれを?」

「それは、わからないけど。すでにかなり広まってる。あき君が浮気してるって……思われてる。ごめん、俺のせいで……ってあき君!?」

俺はいてもたってもいられずに気がつくと走り出していた。向かうのはもちろん3年の教室だ。先輩に会わなければ、とそればかりで何を話すかなんてまったく考えていなかった。

3年の教室にたどり着いて先輩を探したが、どこにも姿が見当たらない。テストなのだから来ていない訳ではないと思うが、もう帰ってしまったのだろうか。

「あの、すみません! 崎谷先輩知りませんか!?」

「え、さ、崎谷……? 多分もう帰ったと思うけど……」

近くにいた3年生に慌てて声をかけるも、先輩の行方はわからず。俺は途方に暮れるしかなかった。

「そう、ですか。すみません……」

「あき君!」

俺を追いかけてきたらしい流生の声が聞こえたがまったく反応できなかった。すぐに持っていた携帯で電話をかけたが、先輩には繋がらない。

「先輩……」

「あき君、大丈夫?」

電話が繋がらないことなんて滅多にないのに、よりにもよってこのタイミングで先輩と連絡がつかないなんて。でもまだ近くにいるかもしれないし、今すぐにでも追いかけた方がいいだろうか。

「お、俺、先輩に会わないと……」

「あき君、落ち着いて。ここで騒ぎになる方がまずい」

「……っ」

流生に手を掴まれて、俺はやっと周りが見えるようになった。3年のクラスで、まだ人がいるのにみっともなく取り乱すのは確かにまずい。

「とにかく、ここを出よう」

流生に手を引かれ3年の教室を出ていく。冷静にはなったものの、動揺は消せない。まさかあんな動画を撮られるなんて、こんなことになるなんて思いもしなかった。

「大丈夫だよ。まだあれが先輩に見られたって、決まったわけじゃない。どっちにせよ、事情を説明する必要はあるだろうけど、悪いのは俺で、あき君じゃない」

「……流生は悪くないよ」

俺が流生の頼みを断らなければならなかったのだ。あれだけ先輩を裏切っていたのだから、もし昨日のことがバレたら今度こそ許してくれないかもしれない。

「大丈夫。俺もあの人に、ちゃんと説明するから……」

「……ううん、俺が自分で話すよ。一人で行かせてほしい」

「それは駄目、一人にはできない。心配だもん」


その後、先輩に会いに寮に行こうとしたが、流生が頑なに一人で行動するのを許してくれなかった。けれど流生とこれ以上一緒にいると噂を助長させることになる。流生は気を使って自分の代わりにと蒼井君を呼んでくれた。蒼井君は喧嘩が強いわけではないが、前に彼に手を出そうとした男が酷い目にあったので、皆から恐れられているらしい。言わずもがな流生の仕業だ。
蒼井君はあの動画をまだ知らなかったらしく、事情を聞いて度肝を抜かれていた。

「どういうことだよ流生。何でこんなことになったの?」

「……だって」

「だってじゃないから。いくら立川君がお気に入りだからって、こんなもの撮られる程不用心になるなんて。撮った相手に心当たりはないの?」

「ありません……」

まるで親子みたいな二人のやり取りに、怒られて項垂れている流生が不憫に思えてくる。動画に俺達の声は入っていなかったので、流生が本気で俺を好きだと言ったことは蒼井君に伏せていた。

「立川君も立川君だよ。流生の頼みをホイホイ聞いたりして」

「……う、ごめんなさい」

俺まで蒼井君に怒られた。しかも正論すぎて謝るしかない。

「僕に謝ってもしょうがないよ。なんとか動画が広まるのを食い止めたいけど、犯人を特定しないと難しい。一番可能性があるのは崎谷先輩のファンだろうけど、たまたま通った生徒が面白がって撮った可能性もある。何にせよ、これが学年中に広まるのは時間の問題だ。不特定多数の生徒の目に入るのは避けられない」

「ああ。だからこの動画を見られる前に、先輩と話しがしたいんだ」

「寮まで行けばいいんだよね。それぐらいお安いご用だよ」


その後流生と別れ、蒼井君に同行してもらって一緒に寮へ向かった。けれど寮には先輩はおらず部屋にも誰もいなかった。だがこれだけではまだ先輩が俺を避けていると決まったわけじゃない。大丈夫だと自分に言い聞かせ、大人しく家に帰ることにした。


けれどその日結局、俺が何度電話しても先輩からの連絡が返ってくることはなかった。


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