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しあわせの唄がきこえる
006


そしてその日の放課後、誰もいなくなった教室で俺は一人流生を待っていた。けれどいつまでたってもあいつは姿を見せない。もしかして帰ってしまったのかと不安になった頃、ようやく流生が現れた。


「流生! 良かった、来てくれて……」

「……あき君、遅れてごめんね」

まるで親に謝る子供みたいに、しょんぼりした流生がそろそろと教室に入ってくる。俺との距離を十分あけて、離れた机に鞄を置いた。

「そんなの気にしないで。話聞いてくれるだけで嬉しいから」

「……うん」

流生は明らかにいつもと様子が違っていた。見るからに憔悴していて元気がない。俺のしたことが原因だと思うともう罪悪感に押し潰されそうだった。

「昨日のこと、なんとか謝りたくて。……先輩だけじゃなくて俺も流生のこと傷つけたよな。言い訳にしかならないかもしれないけど、俺だって先輩のことは怒ってたんだ。勘違いで流生に酷いこと言ったのは今でも許せない。でも、先輩を不安にさせてる俺にも悪いところはある。流生は格好いいし人気もあるだろ。俺が流生を好きになるんじゃないかって心配なんだよ。それでつい、言い過ぎたんだと思う」

すべては俺の曖昧な態度が二人を傷つけたのだ。流生の前で先輩を庇うのは違うかもしれないが、俺が心から先輩を怒れない気持ちをわかってほしかった。

「もう二度と、あんなことはないようにするって誓う。本当はあの時、ちゃんと先輩に厳しく言わないと駄目だったんだろうけど、やっぱり俺は先輩と付き合ってるから、どうしても……」

「やめて!」

突然流生が大声を出して俺の話を遮った。訳がわからず流生の方を見ると、またしても流生は泣いていて、俺は自分が今度は何をやらかしてしまったのかと慌てた。

「…ど、ど、どした? 何で泣くんだ?」

「もうやだ、やっぱり俺、もう駄目だよ……」

「?」

ポロポロと涙を流す流生の肩に手を置いて必死に声をかける。なぜ流生がいきなり泣き出したのか、いったい何が駄目なのか、俺にはまるでわからない。ただただ流生が泣き止むのをひたすら待っていたが、ようやく少し落ち着いた流生は小さな声で話し始めた。

「ごめんね、あき君。俺、すごく悲しかったんだ。あき君が俺じゃなくて、崎谷を優先したこと」

「……うん」

「こんなに腹立つのは、友達を取られたからだって思ってた。でも昨日、あいつとあき君がキスしてんのを見て、俺わかったんだ。あき君が好きなんだって。友達としてじゃなく、恋人にしたいって意味で」

「……へ?」

それが俺に対する告白だと気づくのに、かなりの時間がかかった。けれど理解した後の方が、むしろ頭の中は混乱していた。

「な、何で? だって流生は……」

誰も特別にはしない。そう蒼井君は言い切っていた。どんなに相手に尽くしていたって、体の関係があったって、流生は誰にも本気にはならないのだ。あの蒼井君が言うのだから、これまでの流生はきっとそうだったに違いない。

「俺だって、何でかなんてわかんないよ。でもあき君が俺以外のものになるなんてやだし、それを見るのは苦しい。こんな悲しいのは、初めてなんだ」

「……」

流生の涙声に、俺は言葉を失った。そして流生がどんな覚悟をして俺に告白をしたのか理解して、体の力が一気に抜けた。

「……ということはつまり、俺達、もう一緒にはいられないのか。そういうこと…なんだろ」

「……うん、そうだよ。ほんとに、ごめんねあき君……」

「ああ……」

俺達が先輩にやめろと言われつつも仲良くいられたのは、俺と流生の間に友情しかなかったからだ。けれど流生の方に恋愛感情があるとすれば、もう今までの関係ではいられない。二人きりで会うのはもちろん、もう教室で他愛ない言葉をかわすことすらできなくなるかもしれないのだ。

「本当は、言わないでおくつもりだったんだ。でもやっぱり、あき君の口から崎谷のことを聞くのは、とうしても我慢できなかった」

流生が涙ながらに謝るのを、俺はただ聞いていることしかできなかった。流生に告白されて、嬉しいだとか何で俺なんかをというよりも、これでもう俺達は離れるしかないということがただ悲しかった。桃吾にもはっきりと言われたばかりなのに、俺はまったく流生と離れる覚悟なんてできていなかったのだ。

「あき君、俺ちゃんと諦めるよ。最初はつらいかもしれないけど、時間がたてばきっと、あき君のこと好きじゃなくなるから、心配しないで」

「流生……」

流生と同じくらい、もしかするとそれ以上に俺の方が流生と離れることを悲しく思っているかもしれない。結局俺は、最後まで流生を悲しませる様なことしかできなかった。

「あき君、最後に一つだけ、お願いきいてくれる?」

「なに? なんでも言って」

最後の、と聞いて内容も聞かずに受け入れた。けれどそのお願いはとんでもないものだった。

「あき君から、キスして欲しい。そしたら俺、もう吹っ切れるから」

「き、キス? ええ……えええ?」

まさかの頼みに動揺のあまり視線を泳がせる。混乱しながらもそれがダメなことだというのは俺もかろうじてわかっていた。

「それはできないよ。だって、俺は流生のこと友達としか思えないもん」

「それはわかってる。だからこれは、あき君のことを忘れるためだよ。1度だけでいいんだ。それで、良い思い出として忘れられるから」

「えっ、そうなの? そういうの、あんまよくわかんないんだけど……」

キスしたからといって、そんな風に忘れられるものなのだろうか。その前に流生にキスするのは、先輩に対する裏切りじゃないのか。駄目だ、やっぱりちゃんと断ろう。

「悪いけど、俺は……」

「無理な頼みだってのはわかってる。でも、このままじゃ俺、ずっと惨めな気持ちが消えないよ。崎谷に酷いこと言われて、あき君にもフラれて、もう話すこともできなくなって。こんなの、あんまりだ」

「……」

確かに、流生は先輩の理不尽な仕打ちにも耐えてくれて、俺をどんな時でも助けてくれた。そして何より、俺のためにあんな大怪我までした流生を、このまま突き放していいのだろうか。キスなんて、ただ唇と唇がくっつくだけだ。それが流生の最後の頼みなら、聞いてやるのが人情ってものだろう。

「……目ぇ瞑れよ」

「え?」

流生が理解する前に、ちゅっと軽く唇を合わせる。ほんとに一瞬で、これははたしてキスのうちに入るのか我ながら疑問に思うくらいだったが、流生の顔はあっという間に真っ赤になってしまった。

「あ、ありがとう、あき君」

「……こんなんで良かったのか?」

「十分だよ…!」

真っ赤になった顔を手で隠しながら、ありがとうと何度も繰り返し礼を言う流生。こんなに喜んでくれるなら先輩への後ろめたい思いも我慢できるというものだ。俺は恋人への罪悪感と引き換えに、流生に対する負い目を軽くしていたのだった。


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あきゅろす。
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