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しあわせの唄がきこえる
004



悠長にショックを受けている暇もなく、蒼井君に連れられて再び靴箱に戻り俺の靴を入れる場所を教えてもらった。トイレに連れ込まれた俺を崎谷先輩が助けてくれたことを話すと、蒼井君は顔を真っ青にして土下座せんばかりの勢いで俺に頭を下げた。

「転入早々怖い思いをさせてしまって悪かった。君を守るのは僕の役目だったのに、本当に申し訳ない」

「いやいや、俺が勝手に絡まれただけだし、蒼井君のせいじゃないよ。頭上げて」

「いや、僕の責任なんだ。君の見た目を考えたら、もっと警戒するべきだった。崎谷先輩がいてくれなかったらどうなっていたか……」

断じて蒼井君のせいではないが、確かに彼の言うとおり崎谷先輩がいなければ俺は今頃パンツ一枚で中庭に転がされていたかもしれない。そう考えるとかなりぞっとする。崎谷先輩にサボり癖があって、尚且つ彼が親切な人で本当に良かった。

「あのさ蒼井君、ちょっと聞いてもいい?」

「? ああ、何でも聞いて。僕はそのためにいるようなものだから」

蒼井君はそう言いながら人好きのする笑顔を見せてくれる。崎谷先輩もそうだったが、この人もかなりいい人そうだ。不良校といっても、悪い人間ばかりじゃないらしい。

「崎谷先輩って何者なわけ? 不良があんなにビビるなんて、普通の人じゃないよな」

「彼は、まあ色々と問題を抱えているから。とりあえず特別な人には間違いないよ。崎谷先輩は、ここの理事長の孫なんだ」

「えっ!?」

蒼井君の言葉にはかなり驚かされたが、これでようやく合点がいった。あの不良達が一目散に逃げた理由はそれだ。理事長の孫に怪我させれば間違いなく退学、いやもしかするとそれだけではすまないかもしれない。

「孫かぁ…。すごいなぁ……」

「立川君、君が崎谷先輩にお礼をしたいと思うのは自然だし、僕も彼には感謝している。でも理事長の孫だとかいうのは関係なく、彼にはあまり近づかない方がいいよ」

「え? どうして?」

「彼は他人に干渉されるのを嫌うんだ。しつこく話しかけたり親しくなろうとしたら、君が傷つく」

「親しくって、じゃあ崎谷先輩には友達はいないの?」

「彼はいつも1人だよ。自らの意思でね」

「……」

あんなに優しい人なのに、孤独が好きだなんてもったいない。そういう問題でもないのだが、崎谷先輩が1人でいるのは勝手ながらなんとなく悲しかった。

「さてと、立川君にはまずうちの学校での注意点を話さなきゃならない。僕はその説明役といったところだ。うちの学校には、その…特殊な生徒が集まっていて、非常に危険なんだ。君はもう、実際に体験してしまったようだけど」

「ああ、それならもう知ってる。俺、幼なじみがこの学校にいるから」

「えっ、そうなの?」

「うん。町森桃吾っていう奴。スポーツ科にいるんだけど」

「町森桃吾…スポーツ科の生徒のことはあんまり知らないからなぁ。教室がこっちとかなり離れているから、関わる機会も殆どないし」

「そんなに?」

クラスは離れても桃吾と話す機会はあると思っていた俺はかなりがっかりした。これでは同じ学校に通いながらも桃吾と会うだけで大変なのではないか。

「それにしても立川君、写真で見るよりずっと男前だったから、びっくりしたよ。背も結構高いしね」

「ええっ、俺が男前とかないない! 蒼井君のがずっとずっとカッコいいし!」

蒼井君がかっこいいのはお世辞ではなく本当のことだ。切れ長の目とすらっとした手足が特にいい男っぷりを演出している。

「ありがとう。でもね、立川君。僕は警告してるんだ。君みたいな子は狙われる可能性がかなり高いから、他の人よりも気を付ける必要がある」

「俺みたいな?」

「1人で人気のない場所を歩いていたら、もうヤって下さいの合図だからね」

「殺って下さいの合図!?」

不良校って超怖い。俺は思わず両手で自分の身体を守る。俺ってそんなにカモにしやすそうな見た目なのだろうか。

「まあ、立川君は立っ端もあるし、色んな方面の人から人気出るかもしれないけど。上手なあしらい方も勉強しといた方がいいんじゃないかな」

カモとしての人気なんか全然いらない。というか背が高いと人気あるのか。倒しがいがあるとかそういうこと?

「とにかく、立川君に守ってもらいたいのは、まず1人にならない、隙を見せない、妙な呼び出しには応じない、人をすぐに信用しない、ってことかな。まあ幼なじみがいるなら、最初はその人を頼ればいいよ」

「……肝に命じます」

とても普通の学校の注意事項とは思えない内容に、なんだか頭がくらくらした。俺ははたしてこんなところでうまくやっていけるのだろうか。いや、その前にちゃんと生きて卒業できるかどうか心配になってきた。

「でも、立川君がこの学校の実情をわかっていてくれて良かった。これを外部の人間に説明するのが一番つらいらしいから。説明聞いて即転校しちゃう人もいるぐらいだし」

「へぇえ」

たしかに普通の人間にはこの弱肉強食の不良校は耐えられないだろう。俺だって強くなるという目的がなければこんなところ絶対にごめんだ。俺も本当は高校では可愛い恋人を作って、たくさん友達も欲しかった。それを諦めてでも、楽しい高校生活を捨ててでも、手に入れたかったものがあるのだ。

「他に何か、立川君の方から質問はあるかな」

「あの、1つとても知りたいことが」

「なんだい?」

大真面目な顔つきになった俺に、蒼井君が不思議そうに顔を傾ける。本当は自分で見極めたかったけど、彼に訊くのが手っ取り早いだろう。


「おしえて欲しいんだ。この学校で一番強い人が、誰なのか」


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