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しあわせの唄がきこえる
003


あっという間にやってきた中間試験2日前、俺は先生にお願いして放課後の教室を借りて勉強していた。向かいには真剣な表情でノートをとる流生の姿がある。真面目な姿は似合わないなぁなどと失礼なことを密かに思いつつ、俺も教科書と格闘していた。

「ありがと、ノート助かった」

「もういいの?」

「だいたい写したから。あき君の字、キレーで分かりやすいね」

2日前にノートをかりるなんて勉強は間に合うのかと心配だったが、流生はあまりテストに神経を使うタイプではないらしい。授業中はすやすやと眠っていることも多いが、勉強がわからないと悩んでる様子もない。努力せずとも点がとれる天才肌なのか。流生の成績はわからないが、一応生徒会なのにあんな不真面目で良いのかとちょっと気になる。

「数字の羅列見てるとどうしても眠くなるんだよな。漢文とか古文もだけど」

「そうなの?」

「寝たいときに寝てる流生にはわかんないんだよ。昨日もあんまり眠れてないし」

「駄目だよ、ちゃんと睡眠とらなきゃ」

「帰ったのが遅かったんだ。先輩が……」

言ってしまってから、失言だと気づいてすぐに口を閉じる。昨日先輩に遅くまで勉強をみてもらっていた俺は、スパルタな先輩についていくのがやっとで、帰ったときにはすっかりへとへとだった。おまけに母親は仕事で帰っておらず家事を一通りしなければならなかったので寝不足なのだ。けれど先輩の話を流生の前でするのはちょっと駄目だったかもしれない。

「先輩と勉強してたの? あの人、頭いいんだ」

「う、ん」

あれ、流生あんまり気にしてない? 対抗意識燃やしてるのは先輩の方だけで、流生は何とも思ってないということか。

「あの人よく俺と勉強すること、許してくれたね」

「いや、許してくれない。今日は桃吾と勉強するって言ってある」

そう、俺は嘘をついてここにいるのだ。流生と二人きりで勉強なんて提案するだけで先輩に殺される。内緒にする以外の選択肢はない。
こんなこと言うと流生の気が引けてしまうかと思ったが、流生はずっとにこにこしていた。

「ありがと、あき君」

「いや、俺がいたくているんだから。俺の友人関係に口出しはさせないし」

先輩の気持ちもけしてわからなくはない。けれど流生と友達をやめられないのだからこうするしかないのだ。嘘をつくのは悪いことだが……、

「要はバレなければいいんだから、絶対に隠し通してみせる」

「あき君、悪い顔してるー」

「……ま、まあ、この後ほんとに桃吾の部屋行くし、あながち嘘ってわけでも……」

誰に対して言い訳しているのか。開き直っていても罪悪感はあるので、どうしても後ろめたさが勝ってしまう。

「というか、先輩は俺をもっと信用してもいいと思うんだよ。今は説得する隙もないって感じでさぁ。これからもこそこそしなきゃいけないから、流生には迷惑かけるかもだけど……」

「あ」

「?」

流生が俺の後ろに気をとられているのでつられて振り向くと、ドア口に仁王立ちの崎谷先輩がいて俺は飛び上がった。

「せ、せ、せ、先輩!? なんで!?」

「……暁」

恐ろしくてとても顔は見られないが、かつてないほど怒っているのはわかった。思わず後ずさって距離をとるも、先輩はすぐにこちらに向かってくる。

「お前が一緒にいるはずの幼馴染みが元気に部活やってるのをたまたま見かけたんでな、電話かけても出ねーし、心配して探してみれば……これだ」

「〜〜っ!」

言葉にならない叫びをあげながら頭を抱える俺。そもそもバレないのが大前提で流生と会っていたのだ。もっともっと気を付けるべきだった。先輩に見られてしまってはどんなに怒られても仕方がない。

「ご、ごめんなさい先輩……」

「何でこいつと一緒にいるんだよ。もうこの野郎とは二度と関わらないって言っただろ?」

「は? いや、そこまでは……ってごめんなさい!」

今は言い訳なんてできない。というかしちゃいけない。俺が今は先輩に許してもらえる様にひたすら謝るしかないのだ。

「ふざけんな、なに隠れてこそこそ会ってんだよテメェ」

「ごめんなさい許してくださ……って何やってんですか!?」

先輩の標的は俺ではなく流生の方だった。流生の胸ぐらを掴み上げる先輩に仰天しながら、腕に慌てて飛び付いて引き離そうとしたがビクともしない。

「人のものに手を出すなクソ野郎。“俺の”暁だ。お前のハーレムの一員じゃねぇ。何かしやがったら締め上げるぞ」

「なっ、何てこと言うんですか! 流生に絡むのはやめてください!」

容赦なく流生を脅す先輩を止めようとしたが、まったく聞く耳を持ってくれない。怒りで我を忘れている。

「お前はお前のオトモダチと仲良くしてろ! 暁は必要ないだろーが。さっさと失せろこの節操なし」

「先輩! 怒るなら俺に! 流生は悪くないんです!」

「暁、こいつがお前をたぶらかしてんのがわかんねぇのか。簡単に騙されてんじゃねーよ」

流生を乱暴に壁に押し付ける先輩に血の気が引く。けれど流生は一方的に責められてもまったくやり返さないで先輩を睨み付けるだけで、それが逆に先輩の神経を逆撫でしていた。

「先輩、俺の大事な友達なんです。お願いします、乱暴なことしないでください」

「口で言ってもわからねぇ奴には、多少手荒なことも必要だろ」

「なっ……」

どんなに必死にお願いしても先輩は手を放してくれず、今にも流生に殴りかかりそうだった。先輩に対して負い目を感じていた俺もこれにはさすがにキレた。

「ふっざけんな! 放せっつってんのに、いい加減にしろよ!」

「………あきら?」

完全に口調も変わってキレる俺に先輩が硬直する。その一瞬、力が弱まった隙に先輩を流生から引き離した。

「先輩、話なら二人でしましょう。いったん外に出ててください」

「は? ちょっとお前……」

「すぐですから!」

ぐいぐいと先輩を押してなんとか教室から閉め出す。流生は壁にもたれ掛かったままそんな俺達を呆然と見ていた。

「うわー、びっくりしたー。あの人超恐いね」

「ご、ごめんな流生、大丈夫だったか? 俺のせいで……」

謝る俺の頭をなでなでする流生はまったく怒っていなかった。キレた先輩を目の当たりにした後だと聖人君子に見える。

「気にしないで。あき君こそ大丈夫? 喧嘩にならない?」

「なると思うけど、さすがに流生にあの態度は許せない。ここは喧嘩するとこだ」

「俺から、あの人に話そうか?」

「いや、俺がちゃんと言うよ。流生はいない方がいいと思う。……ほんとにごめん、約束してたのに」

気持ちは嬉しいが流生がいても先輩を煽るだけで逆効果だろう。取り返しのつかないことになる前に二人を引き離すのが得策だ。

「でも、すごい剣幕だったし心配だよ。俺も一緒にいた方が……」

「先輩キレてても俺を殴ったりはしないから。いい機会だし、もう言いたいこと言う。友達侮辱されて黙ってられるか」

俺も悪いが流生に手をあげようとした先輩はもっと悪い。付き合ってるからって何でもやっていいってわけじゃないのだ。

「あき君がそう言うなら、今日は帰るけど。……気を付けてね。後で連絡して」

「わかった。絶対する」

流生は最後まで不安そうだったが、なんとか折れてくれた。流生が教室を出てから、廊下でふてくされていた先輩を教室に入れる。不機嫌な先輩は俺を責めたくなるのを必死に我慢している様だったが、それは俺の方も同じだった。


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