しあわせの唄がきこえる
受動攻撃
その後、俺は前と同じように流生と付き合っていたが、崎谷先輩と絶対にはち会わないようにだけ気を付けていた。流生と俺の友達の感覚がやはり多少ズレているとは思うことはあったが、流生はやっぱりいい奴だったし深く考えなければ特に問題にはならなかった。そんな風に呑気なことを思える俺も、自覚のないうちに流生のシンパになりかけているのかもしれない。
ただ先輩に嘘をついたままなのが心苦しくて、クラスでのささいな嫌がらせ以上にストレスになっていたが、それを除けば俺の生活に大きな問題はなかった。
「もうすぐテストだし、今日は勉強見てやるよ」
「ほ、ほんとですか……!?」
授業が終わり、俺を迎えに来た先輩の提案に俺は目を輝かせた。転入生なのでここのテストのレベル、傾向もまだわからない。正直かなり不安だったのだが先輩がおしえてくれるなら百人力だ。
「確か数学と歴史は去年俺も同じ教師に習ってたはずだし、まだノートも残ってるかもしれねぇ」
「先輩、優しい……!」
「俺はいつでも優しいんだよ。覚えとけ」
「ありがとうございます!!」
直角に下げた頭を先輩にぐしゃぐしゃ撫でられる。ちょっと痛い。
「じゃあ俺、今日は夜ご飯も一緒に……わっ」
廊下を歩いていたはずの先輩が止まり、背中に思いきりぶつかった。どうしたんだと先輩を見ると、前方によく知る男達がいた。
「あ、羽生さん」
こちらを睨み付けていたのは羽生率いる不良軍団。俺がつい名前を呼ぶと不良たちにガンを飛ばされたのですぐさま先輩の背中に隠れた。
「おい崎谷、てめぇ高校デビューしてからずいぶん楽しそうじゃねーか。なんだよその髪、今更何カッコつけちゃってんの?」
「そんなつもりはねぇけど、気に入らないなら悪かったな」
不良の一人が難癖つけてくるが、俺がいるからか先輩はあくまで穏便に済まそうとしていた。俺の手をとって歩き出すも、奴らは先輩と俺を囲むようにして追い詰め逃げられないようにしてくる。
「おいおい、まさかこんなところで喧嘩売ろうってんじゃねぇよな、羽生」
俺を庇うように背中に隠しながら、先輩は周りから頭一つ抜き出てる赤髪の男を睨み付ける。怖いもの見たさで先輩の影からちらっと覗くと、こちらを殺意のこもった視線を返してくる羽生と目が合い縮みあがった。
「あっきーとラブラブなとこ悪いけど、ちょっと態度改めてくんねーとさぁ。二人で屋上独り占めなんてズルいじゃん。俺達にもかしてよー」
羽生の隣にいた戸上さんが世間話でもするように愛想良く話しかけてくるが、内容は雲行きあやしい。理事長の孫が屋上を私用で使ってることがバレてしまっているのだ。そりゃこの人たちにしてみればムカつくだろう。
「うちの羽生すっごい短気だから、あんたの彼女もろともここでやっちやうかもよ? まぁ屋上の鍵くれたら見逃してやってもいいけど」
「誰が彼女だよ」
背中に隠れながら小声で突っ込む俺を先輩が小突く。余計なことを言うなということだろうが、女扱いされるのは腹が立つのだから仕方ない。
「崎谷、あっきーを巻き込みたくないなら俺達に従……」
「すみません! ほんとにすみません戸上さん!!」
「ぅえ?」
いよいよ先輩に本格的に喧嘩を売ってきた戸上さんに俺はすがり付いて謝った。このままじゃ俺を庇って先輩が大変な目にあうかもしれない。なんとかしなければと思ったが俺ができることは一生懸命謝ることだけだった。勢いに任せて飛び出し、頭を下げながら捲し立てる。
「俺、今ほんとに大変なんです。テスト勉強だって全然やってないし、友達は相変わらずできないし、他にも色々胃が痛くなることばっかりでもう頭がおかしくなりそうなんです!」
「えっ、あ、そうなの…」
「そうなんです!! だからもうお願いですからこれ以上俺を追い詰めないでください! 先輩に何か気に入らないことがあるなら、俺が言っときますから!」
「あ、あっきー…?」
「それでは、失礼いたしますッ!!」
戸上さんがあっけにとられている隙に、俺は先輩の手をとって素早く逃げる。一瞬、羽生と目があってなんともいえない表情の彼の顔が見えたが、逃げ出せるチャンスを逃すまいとその意味を考える間もなかった。
「やっぱお前すげーな、暁。その度胸は最初から買ってたぜ」
「呑気なこといってないで走ってください! あの人ら追いかけてきてないですよね!?」
「あー、大丈夫だろ。多分」
「多分って、先輩は呑気すぎます! しばらく屋上使うのはやめましょう」
「は? 何でだよ。これから俺らどこで会えばいいわけ」
「教室とか、どこでもいいじゃないですか」
「えー……お前人目があるところで触ったら怒るくせに」
「当たり前です! 馬鹿言わないでください! てか触る必要ないし!!」
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