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しあわせの唄がきこえる
005



「おはよう立川君、今ちょっといい?」

「……へ」

登校して早々、教室に入る手前で突然話しかけられ俺は硬直した。崎谷先輩、流生、桃吾以外で話しかけてくる相手はなかなか珍しい。一瞬身構えたものの相手が蒼井君だということに気づき、一気に力が抜けた。

「おはよ。いいけど、どうしたの?」

「流生のことでちょっと」

流生の名前を出されて、一度は緩んだ気がまた引き締まるのを感じた。そうだ、俺のせいで流生はあんな怪我をしたのだ。親友の蒼井君が俺と話したいと思うのも当然だ。

「移動しようか」

「……」

流生がどれだけ彼に話してるのかはわからないが、俺から全部話しておいた方がいいだろう。どう話を切り出すか悩みながら俺は蒼井君の後についていった。






「流生の、怪我のことなんだけどね」

人気の少ない、尚且つ安全な場所ということで職員室前までやってきた蒼井君は、すぐに本題に入った。ドキドキしながらも俺は黙って話を聞いていた。

「だいたいの話は流生から聞いてる。立川君の代わりに流生が勝手に話をつけようとして殴られたんだろ。それで立川君が距離を置こうとしたけど、流生が駄々をこねて結局友達に戻った。これであってる?」

「……うん」

「それで、立川君はこれからどうする気なの?」

「どうって?」

「流生とこれからも友達として親しくするつもりなのかってこと」

やっぱり、蒼井君は俺と流生が仲良くすることには反対なのだろうか。怒っている様には見えないが、よくは思っていないのはわかる。

「流生とはもう、関わらない方がいい」

ついにはっきりと言われてしまった。もともと流生には近づかない方がいいと言われてたし、その忠告を無視した結果があの怪我だ。そりゃ蒼井君だって流生が心配にもなる。でも俺だって、流生とは友達でいたい。

「確かに、流生には悪かったと思う。これからも流生には迷惑かけるかもしれない。でも流生はそれでもいいって言ってくれたし、俺も友達でいたいって思ってる。蒼井君は流生が心配だと思うけど……」

「ちょ、ちょっと待って。何か勘違いしてない?」

「え」

「僕、別に流生の心配なんかしてないよ。いや、してないってのは言い過ぎだけど。流生じゃなくて、立川君の心配をしてるんだ」

「俺?」

なぜ俺の心配なんかを。確かに俺が危ない状況なのは確かだが、それは別に流生と友達だからじゃない。

「立川君は今、崎谷先輩と付き合ってるだろ。流生のせいで恋人と別れることになった奴を、僕は何人も見てる。そうなる前に、流生からは離れた方がいい」

「え? 流生が何かしたの?」

カップルに横やり入れるタイプには見えないが。確かに先輩とはあまりよくない雰囲気だが、それは先輩の方が流生に突っかかるからだ。

「別に流生が何かやったわけじゃない。でも、流生は人に好かれるのが得意なんだよ。自分が気に入った人にはね」

「流生が狙った相手は恋人よりも、流生が好きになるってこと?」

「そう。しかも本人にあまり自覚がないからたちが悪い。狙うっていったって、恋人にしたいわけじゃないんだ。ただ側に置いて、可愛がりたいだけなんだよ。今の立川君みたいに」

「……?」

俺と流生は友達だと思っていた。けれど結局俺も流生の取り巻きと同じということなのか。いや、取り巻きという表現がまず間違いなのだろう。彼らも流生の大切な友達であり、守るべき存在だ。

「もし今、誰か信頼のおける人間、例えば崎谷先輩や両親に流生の事を悪く言われたとして、例えそれが真実でも、流生を嫌いにはなれないんじゃない?」

「それは……」

確かに、蒼井君の言う通りだ。俺はどんなに先輩が嫌がっていようと、その理由がわかりきっていても流生から離れることができなかった。もちろん嫌いになんてなれるはずがない。

「僕もそうだから、わかるよ。流生には本当にいろいろ助けてもらった。あいつがどんな人間かわかってても、僕はずっと友達でいるんだと思う。自分のものを守るためならどんなえげつない事でもする奴だけど、僕は……」

蒼井君を守るために流生はいったい何をしたのか。彼のつらそうな声から察するに、相当なことをしたのだろう。あの優しい流生からは想像もできないが天使にも悪魔にもなれるからこそ、この学校でしたたかにやっていけるのかもしれない。

「……蒼井君の言う通り、俺は流生が友達として好きだ。でも、それで先輩と別れる気はない。だから俺は大丈夫。友達をやめるなんて言って流生が悲しむのは嫌だ。もう泣かせたくない」

「な、泣かせたの!?」

「…あ、うん。友達やめるために嫌われようとして、その時結構酷いこと言ったから」

「へぇえ。僕あいつとは幼馴染みだけど、泣いたとこなんか見たことないな」

「そ、そうなの?」

あんなに豪快に泣くから流生の性格的に泣き虫なのかと思った。だから感心しているようにも見える蒼井君の態度は不思議だった。

「だって、流生を傷つけるようなことは誰も言わないし。流生はね、昔からすっっごく甘やかされてたんだ。周りの人間はみんな流生が大好きだったから。立川君が何をいったのかは知らないけど、相当ショックだったんじゃないのかな」

「ああ、そういうことか。いやでも、確かに流生は好かれてるけど、その分敵も多いだろ?」

俺が知ってるだけでも戸上さんと崎谷先輩がいる。いや、先輩の方は俺のせいな気もするけど。

「流生は、興味ない人にはほとんど影響されないんだよ。自分が気に入った人以外はどうでもいいから、何を言われても平気なんだ。近くで蚊が鳴くようなもので、ちょっと煩わしい虫程度の存在……って言い方が悪いな。いやでも、ほんとにそんな感じなんだよ」

「……」

確かに、流生はどんなに先輩に酷いことを言われても睨み付けるだけで基本的に無視をしていた。あれは大人の対応だと思っていたが、まさか相手にしていなかっただけだったとは。

「……流生のファンが立川君に何もしてこないのは、先輩と付き合ってるからじゃない。みんな今だけだと思ってるんだ。お気に入りはいつか終わる。流生は誰も特別にはしないから」

「でも、流生と俺は友達だ」

「みんな友達だよ。僕はさっき流生から離れるよう言ったけど、撤回する。君が離れようとすればするほど、流生は躍起になるだろうし。うまく付き合っていくしかない。流生を怒らせないように」

「……」

蒼井君の言葉はショックだったが、それが見当違いではないのはわかっていた。流生と本当に友達といっていいのか自信がなくなったが、それでも俺はやっぱり流生から離れたいとは思えなかった。


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