しあわせの唄がきこえる
004
その後の授業を結局サボることになってしまった俺達は、今までの分を取り戻すように話をした。ようやく泣き止んだ流生はそれでもずっと機嫌が悪かったが、俺がお見舞いに行っていたことを知るとようやく笑顔が戻った。
「やっぱり、あき君。お見舞い来てくれたんだ」
「当たり前だろ。……手紙、勝手に見てごめん」
「いいよ。あれは、もともとあき君のだし。俺の方こそ、勝手なことしてごめんね」
俺の予想はやっぱり当たっていて、先に手紙を見つけた流生は俺の代わりに話をつけようとしたらしい。俺のことを考えてしてくれたことだというのはわかっていたが、それでもやっぱり俺に話してほしかった。
「あき君、言ったら自分が行くってききそうにないし。怪我したけど、俺は後悔してないよ」
「でも何で流生が殴られたんだ? 相手は俺が狙いだったんだろ」
「俺、パーカーを友達に借りて、フード被っていったんだよ。ほら、あき君じゃないって遠目からわかったら、近づいてもくれないだろ」
「いやでも、フード被ってるってのも相当怪しくないか?」
「金髪、隠すにはそれしかなくてさ。まさかいきなり、後ろから殴られるとは思ってなかったよ」
「いきなり殴られた!?」
それはまた相手も思いきったことをしたものだ。相手が俺じゃなかったらどうするつもりだったんだ……って現に俺じゃなかったわけだが。
「不意打ちじゃなきゃ、簡単に気絶なんかしないよ。目が覚めたら病院でさ、殴った奴の顔もわからない。……油断してた」
「流生…」
やったのは俺ではないが、俺のせいで怪我をしたというのがどうしても離れない。流生に聞けば犯人がわかるかもしれないと思ったが、これでは特定は難しいだろう。前に俺を呼び出した連中が怪しいのは怪しいが、それだけで犯人だと決めつけることはできない。
「でも殴られただけで済んだのは、俺があき君じゃなかったからだと思う」
「どういうこと?」
「ただ殴るだけじゃ、リスクでかすぎだもん。殴った後で、俺があき君じゃないって気づいて、逃げたんだよ」
「じゃあもし、本当に俺だったら…?」
「人のいないとこ連れてかれて、口止めするために、相当酷いことされたはず」
「……」
流生はなるべくぼかそうとしてくれていたが、俺はその時の自分の末路を想像して身震いした。休んでるときだって間接的にだが守ってくれたし、流生がいなければ俺はとっくに酷い目にあってるだろう。
「流生が休みのとき、俺流生の友達に助けられたんだ」
「あっ、そうだ! あき君一人で危ないとこ、行っちゃダメじゃん! ばか!」
「ご、ごめんなさい」
流生に怒られて素直に謝る。確かにあれは考えなしな俺が悪かった。
「流生が俺のこと、頼んでくれたんだよな? ありがとう。あの人にも何かお礼がしたいんだけど。あの後、不良に目つけられたりしてない?」
「うちの子は、自分を守る方法知ってるし、大丈夫。それにお礼とかは、いーよ。あき君のためじゃなくて、俺のためにしてくれたんだから。お礼は俺がしといたし」
「そ、そう? じゃあ流生に何か礼を……」
「それなら、俺が休んでる間の勉強、おしえて。もうすぐテストあるし」
「テスト? もちろん! 何でも聞いて」
テストなんて、わざわざ俺に頼まずとも流生には助けてくれる人がたくさんいるだろうに。多分流生は少しでも俺の気が済むようにしてくれたんだろう。今の俺は流生の役に立てればそれでいい。
「あと二度と、俺から離れないで。あんなのは、もうやだから」
「……ごめん」
俺のために色々してくれたのに、俺は流生をすごく傷つけた。いくら流生を守るためとはいえ、考えが浅かった。
「それに俺、この前は油断したけど、そんな簡単にやられたりしないから。心配されるほど、弱くない」
「う、うん」
罪悪感でいっぱいの俺の手を流生がぎゅっと握る。あの怖かった顔が嘘みたいに、彼はもういつもの笑顔に戻っていた。
結局、流生とはこれからも何も変わらず友達でいることになったので、俺は先輩にその事を伝えようと機会を窺っていた。一度距離を置くと話した手前にかなり言いづらいが仕方ない。その日の放課後、先輩の部屋へ行くため一緒に廊下を歩いていたとき、俺は恐々話を切り出した。
「あの、先輩」
「んー、どうしたよ」
「流生が……」
「あ?」
「ひっ」
流生の名前を出しただけで空気が一瞬で冷えきって、鋭い視線を向けてくる先輩。あまりの怖さに話が続けられない。
「あいつが何だよ、何かされたのか?」
「いやその、退院、して学校に来たから……」
「あっそ。それくらいで名前出すなよ。もうあいつとは話さないんだろ?」
「えっ、いやそこまでは言ってないですって」
話がずいぶん極端になっているので訂正しておく。いや、訂正じゃ駄目だ。これからも友達でいたいって言わなきゃ。
「そこまでしろよ。俺があいつ嫌いなの知ってるだろ」
「何でそこまで流生のことを?」
「説明がいんのかよ。何人もの男を侍らすような野郎が人のもんにちょっかいかけてんだぞ。普通我慢できねぇ」
確かに、先輩の言うことには一理ある。もし俺が逆の立場なら絶対嫌だし、仲良くしてほしくないとも思うだろう。先輩の許しを得て堂々と流生と仲良くするなんて道はないのかもしれない。
「でもやっぱり、いきなり距離を置くのは無理なので……。徐々にこう、離れていけたらと……」
「早くしろよ」
「……」
先輩いつもは優しいけど、スイッチ入るとすごく怖い。こそこそするのは嫌だが、おおっぴらに流生と仲良くするのはやめておこう、と俺は心の中で決めたのだった。
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