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しあわせの唄がきこえる
有償の愛


それから数日間、流生は学校に来ていなかった。怪我自体はたいしたことないが、大事をとって検査のための入院をしているそうだ。すぐにでもまた登校できるだろうという先生の話に、俺はとりあえず安堵した。

流生がいないため、俺は先輩や桃吾といる時以外はまるで置物の人形みたいだった。誰とも話せないというのはやはりつまらないし寂しい。だが流生と離れると決めたからには、寂しいとか甘いことは言ってられない。せめて外面だけでも一人でも大丈夫、みたいな顔してないと流生が心配してしまう。

俺が嫌われてる理由は、実のところはっきりと自分ではわかっていない。が、崎谷先輩にしつこく付きまとったり羽生さんの弟子になりたがってたりしたことが原因だろう。流生を怪我させたのが本当に崎谷先輩のファンなら、もう話し合いでどうにかできるレベルではない。犯人を探して問い詰めてやりたかったが、策もなしにそんな無謀なことをするほど俺だって馬鹿じゃなかった。
今はとにかく流生を引き離して、自分でなんとかできるようにならなくては。そのためには本格的に先輩に護身術を習ったりした方がいいかもしれない。



三時間目が終わり、四時間目の美術のためとくにやることもない俺は早くに準備をしていた。俺の時間割りを把握している先輩は移動教室の前は会いに来ない。それにいつも流生と一緒なので普段はスルーせざるを得なかったが、美術室は比較的3年の教室の近くにある。ちょっと寄り道して先輩の顔を見に行ってもいいだろう。

誰よりも早く教室を出た俺は、そのまま3年の教室へ足早に向かった。先輩には前に来るなと言われていたが、俺だって先輩に会いたくなる時がある。先輩のいうことばかりハイハイきくのはなんとなく癪だった。


階段を上り、もうすぐで先輩の教室につくという時、いきなり後ろから腕を掴まれた。そのまま力任せに引っ張られ壁際に追いつめられる。

「えっ、な、何」

「こいつ立川だよな? 崎谷と付き合ってるとかいう」

「これが? 意外とデケーな。もっとチビかと思ってた」

俺を囲みながら話しかけてきたのは見知らぬ三人の生徒だった。いずれも身体が大きく、見るからに柄が悪そうだ。崎谷先輩ファンとは明らかに雰囲気が違うが、関わってはいけない危ない人達なのはわかる。

「あの、俺に何か用ですか。急いでるんですが」

「何だぁ、その迷惑そうなツラはよ。俺たちとは話したくねぇわけ?」

「さすが崎谷のオンナは態度がちげーよなぁ」

まるでチンピラに絡まれるお手本みたいだ。どうにか逃げ道はないかと思ったが三人に囲まれていては身動きがとれない。流生がいなくなったその日にもう絡まれるなんて、俺はやっぱり認識が甘かった。

「なぁ、俺達とも仲良くしよーぜ。崎谷には内緒でさ」

「ちょっと一緒に来てくれよ。おとなしくしてくれりゃ、何も怖いことなんかねーんだから」

「えっ、ちょ、ちょっと!」

ぐいぐいと人気のない方へ拉致しようとしてくる男達に必死で抵抗するも、三人がかりで引き摺られてはどうしようもなかった。他の生徒が何人か近くにいるというのに彼らはお構いなしだ。というのも側ににいた生徒達は俺達に気づいているはずなのに、巻き込まれてはたまらないと言わんばかりに見て見ぬふりをしていた。
人気のないところさえ通らなければ大丈夫、と思っていたがそれは間違いだったらしい。この学校の怖さを俺はまだわかってなかった。なりふり構わず大声で叫ぼうとしたが、強い力で口を塞がれ誘拐のごとく引き摺られていく。


「待てよ」

近くにいる生徒達は全員俺たちから顔をそらしていたはずなのに、一人の男がこちらをまっすぐ見据えて止めてくれた。俺にはその人が神様に見えたが、どちらかというと細くて華奢で、喧嘩をしたこともなさそうな綺麗で上品な顔をしている。男三人に対抗出来るほど強そうには見えない。

「ああ? なんだよお前。俺らの邪魔すんのか?」

「放した方がいい。先生がもうすぐここに来る」

「脅してんの? つかお前……」

不良の一人が男の顔をじっと見つめる。そしてにやっと笑って連れに声をかけた。

「こいつも連れてこうぜ。遠藤がいない今がチャンスだろ」

「なっ……」

俺ごとその人も連れていこうとする男達に慌てて止めようとするが、もちろん俺がどうにかできるはずもなく。どんなツボを押さえているのか、いとも簡単に人気のない方へと移動させられてしまう。

「おい! お前ら何してんだ!」

もう駄目かもしれないと最悪の事態を想定した時、遠くの方から野太い怒声が聞こえてきた。厳しいと有名な教育指導の教師がこちらに駆け寄ってくる。とたんに男達の拘束が弛み、俺はほっと息を吐いた。

「喧嘩なら全員反省室行きだぞ!」

「……別に、何でもねぇよ」

忌々しそうに俺達を睨み付けながらも、その場からさっと逃げていく男達。先生も慣れているのか俺達に面倒は起こすなと一言注意しただけで深く問い詰めようとはしなかった。助けに入ってくれたその生徒は先生と一緒に戻ろうとするので、俺はすぐに引き留めた。

「あの、ありがとうございます! おかげで命拾いしましたっ」

俺は必死に頭を下げたが、その男は一瞥しただけで何も言わず歩いていってしまう。あっけにとられながらも諦めの悪い俺は彼を追いかけた。

「待ってください! 名前、おしえてくれませんか?」

「悪いけど」

絡んできた男達の数倍は怖い顔で、彼は俺を睨み付けてきた。ちょっと怯んだ俺が一歩下がると、元の無表情に戻って言葉を続けた。

「俺はあんたのためにやったんじゃない。流生が頼むから、助けてやったんだ」

「流生?」

なぜそこで流生の名前が、と一瞬考えたがそれと同時に気づいた。俺を助けたこの人、流生と時々一緒にいる流生の取り巻きの一人だ。あいつといるときはニコニコしているからすぐにはわからなかった。

「流生が、休みの間あんたをよろしくって俺達全員に頼んでんだよ。なのにあんたは三年の教室なんかに一人でやって来て。考えなしに動くのはやめてくれ」

「……」

唖然とする俺を残してさっさと立ち去っていく流生の友人。俺はショックでしばらくその場から動けなかった。まさか流生が俺のためにそこまでしてくれていたなんて。ここでもまた流生に助けられた。けれど一歩間違えば、流生の友人も巻き込まれていたかもしれない。やっぱり、これ以上流生に頼るわけにはいかなかった。

流生から離れる、それはいい。でもそれであいつは本当に俺を守るのをやめてくれるのだろうか。今みたいに、裏で俺を守るようになるだけなのではないか。

ただ離れるんじゃ駄目だ。流生に嫌われて、もうどうでもいいと思われるぐらいじゃないと。

「……」

流生に嫌われる、それに俺が耐えられるのか。いや、どれだけつらい思いをしようと流生に怪我をさせるより何倍もマシだ。目に焼き付いて離れない、ベッドに横たわる流生の姿。それを思い出すたび、俺の決意は揺るぎないものになっていた。


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あきゅろす。
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