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しあわせの唄がきこえる
005


先輩とは廊下で別れ、俺は一人自分の教室に向かった。もう少し話をしたかったが、もうすぐHRが始まる時間だ。自分の教室に行くと、流生が珍しく一人で席に座って何かを読んでいた。


「おはよう、流生」

「あ、おはようあき君。今日遅かったね」

「いや、寝坊しちゃってさ」

流生が持っていたのは三つ折りの手紙だった。俺が机に鞄を置くと、それをささっと封筒に戻し鞄にしまってしまう。

「なに今の手紙、もしかしてラブレター?」

「……まぁ、うん。そんなとこ」

「へええ」

冗談のつもりだったのに、まさか本当にラブレターだったとは。相手が知りたいけどどこまで踏み込んでいいかわからない。

「……どうするの? 付き合うの?」

「いいや。でも、会って話くらいは聞くつもり」

あれはラブレターというより、呼び出しの手紙だったのか。断るつもりらしいが、会えば気も変わるかもしれない。

「そんなことよりあき君、今日席替えするらしいよ。先生が昨日言ってたって、さっき聞いた」

「え、そーなの? なんでまたこんな中途半端な時期に」

ラブレターの件をもっと詳しく聞いてやりたかったが、流生にさらっと話を変えられた。これはきっともう何も聞くなということだろう。男からか女からか、そこが重要だがこの学校で読んでいるということは前者の可能性が高い。
男と付き合ってる俺が言うのもなんだが、男が男にラブレターとは、言葉にするだけで何かもうすごい破壊力だ。かなりの抵抗を感じるあたり、俺はゲイにはなりきれていないのかもしれない。
にしても今の手紙、どこかで見たような気がする。白い封筒なんてどれもありがちだから、気にするだけ無駄だろうが。

「席替えってことは、ついに流生と離れんのか。つまんなくなるなぁ」

「! ……俺も! あき君と離れるの嫌だよ」

椅子をぐいぐい近づけて距離を詰めてくる流生。上機嫌でにこにこしていた流生だったが、その可愛い顔に突然皺が寄った。

「……あき君」

「んー?」

「崎谷とやった?」

「ぅえ!?」

流生の質問に思わず固まる俺。やったって、つまり俺と先輩が一線をこえてしまったかって意味だよな。そういうこと、こんなところで訊いちゃうわけ?

「な、なんでそう思うの」

「キスマーク」

「へ!?」

首筋を指差しながら指摘されて、思い当たる節がありすぎる俺は首もとをすぐさま隠した。昨日から何度か鏡を見る機会はあったのにまったく気づかなかった。先輩のアホ〜と恨みながらも鏡を探したが、あいにくここにはない。

「いや、これは違うんだよ。別に俺達、やってはないから!」

「……そんな、必死になることないのに。付き合ってるなら、普通やるでしょ」

「俺達はそういうことしてないんだってば。まだ、ね。まだ」

まだどころか一生やらないと約束しているが、それはわざわざ言わなくてもいいだろう。でも先輩と体の関係があると友達の流生に誤解されるのは恥ずかしかったので、しっかり否定しておいた。

「……そーなの? じゃあ、何で付き合ってるの?」

「別に、俺達は一緒にいられるだけでいいし……っていうかみんな付き合ってそんなすぐにすんの? 男同士なのに?」

流生のあまりの言いぐさについつい突っ込んでしまう。高校生で男同士なんだからプラトニックな恋人関係があってもいいだろうに。

「男同士だから、だよ。発散しないとたまっちゃうもん。男なら妊娠の心配ないし。リンチよりもレイプの方が、この学校では多いくらいなんだから」

「……ほんとに?」

この学校ってそんなに治安悪いのか。今まで無事だった俺はもしかしてかなりラッキーだったのかもしれない。

「でもあき君、ぼーっとしてるから心配。崎谷にも、流されちゃ駄目だよ。嫌なら嫌って、はっきり断らなきゃ。受ける側って、すっっごく痛いらしいし」

「別に嫌とかじゃないんだけど…」

流生にはそう言ったが、痛いと聞いて俺は内心かなり縮み上がっていた。俺達に身体の関係はないが、それは俺が先輩と別れるために潔癖症だと嘘をついたからだ。今はもう先輩と別れる気はないが、ならばヤれるのかと問われればやはり抵抗はある。だいたいあんなにできないできないと散々泣きわめいておいて、今更してもいいですなんてどんな顔で言えばいいのか。だったらもうこのままでいいんじゃないかとも思うが、先輩に俺の嘘のせいで我慢させていると思うと心苦しくもなる。

「う〜〜ん、どうしたもんかな…」

「あき君?」

難しい顔をして考え込む俺に流生は不思議そうな顔をしていた。その後すぐに先生が教室に入ってきて俺達の会話は打ち切りとなったが、俺はその後ずっと一人でどうするべきか悩んでいた。






そしてその日は宣言通り、先輩は休み時間のたびにこっちのクラスに来てくれた。もちろん体育の前後など時間のない時を別にしてだが。
先輩は俺に対する不満をまったく見せないので、俺達の普通ではない特殊? な関係をどう考えているのかはわからない。けれど本心は多分最後までしたいのだろうと思う。もう少し時間をかけて、俺の心構えがしっかりとできたらもう一度話し合うのがいいかもしれない。こんな風に考えられるなんて、俺はもう後戻りできないところまで先輩が好きになってしまっているのだろう。


先輩と流生と喧嘩にならないようにするため、俺は先輩が来るとわかっているときはすでに教室の入り口にスタンバイするようにした。けれどそのため俺が流生と話す時間は、席替えしたことも相俟ってほとんどなくなってしまった。クジの結果、流生は窓際の一番後ろの特等席、俺は教卓の真ん前という最悪の席になって、かなりの距離ができてしまっている。今までクラスでは流生とあんなに一緒だったのに、こんなにも簡単に疎遠になってしまうなんて。けれど流生の方には友達がたくさんいて、俺がいなくても意外と平気そうなのがまた辛かった。

これが今日一日だけのことならまだいい。でもきっとこれがずっと続く。また俺と流生が隣同士になる可能性は低いし、ここまま離れてしまったらどうしようと寂しくなった。

けれどその日の五時間目、授業が始まる時間になっても流生の姿はなかった。流生だけでなく先生もいない。何かあったのかとそわそわしていたとき、五時間目の担当だった数学教師がようやくやってきた。けれど重苦しい空気をまとったその先生の言葉に、俺だけでなくクラス全員が衝撃を受けた。


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