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しあわせの唄がきこえる
006


放課後、俺は崎谷先輩との約束を断って真っ直ぐ病院へ向かっていた。先生から流生が怪我をして病院に運ばれたと聞いたときはすぐにでも教室を飛び出していきたかったが、それは俺だけでなく流生の友人達も同じで。先生に心配ないと説得されて、俺達は授業を受けさせられた。

病院に向かう間、流生が怪我をした理由をずっと考えていた。単なる事故なのかもしれないが、それならそうと先生がおしえてくれるはずだ。先生自身もよくわかっていないのか、与えられた情報は流生が怪我をしたという事実と運ばれた病院の名前だけ。重症ではないらしいが、本人に会ってみないと安心はできない。

駅から徒歩15分のところにある総合病院についた俺は、ナースステーションにいた看護師に遠藤流生の居場所を訊ねた。おしえてもらった病室に早足で向かい、ようやく見つけた部屋の扉を開けようとした。だが中に流生のいつもの取り巻きがいるのが見えて、身体が止まった。

別に他人など気にせず入っても良かったのかもしれないが、彼らとはまともに話したこともない。俺が入って妙な空気になっても困る。とりあえずしばらく外にいようと少し離れた椅子に座って待つことにした。

彼らも流生から事情を聞きたいだろうし、きっと長くかかるはずだと踏んでいたのだが、流生の取り巻き達は意外と早く病室から出てきた。ここに着いた時間は俺とそんなに変わらないはずなのに、もう帰ってしまうのかと不思議に思った程だ。


「……流生君、大丈夫かな」

「心配しても仕方ないだろ。先生は大丈夫だって言ってたじゃん」

「にしても、何で倉庫裏なんかに…。しかも倒れてたって」

流生の取り巻き達が話す声が所々聞こえてくる。倉庫裏、そして倒れていたという言葉が聞こえて耳をそばだてていたが、それ以上は聞き取れなかった。だが彼らは俺以上に情報を持っているらしい。誰もいなくなったのを確認してから、俺は病室の扉をノックした。

「……失礼します」

流生に与えられていたのは上等な個室で、日当たりのいい広い部屋だった。声をかけたにも関わらず返事がないのでそろそろとベッドに近づくと、そこには頭に包帯を巻いて眠る流生の姿があった。

「流生?」

呼び掛けても返事がない。どうやら完全に眠っているらしい。その頭の怪我はどうしたんだとか色々聞きたかったが、眠っているのでは仕方ない。流生の取り巻き達もそれで早くに帰っていったのだろう。ぐっすり眠っている流生がすぐに目覚めるとは思えないが、幸い俺は一人だし邪魔になるということもない。流生の両親が来るまではここで待たせてもらうことにした。

「流生……」

もう一度名前を呼びながら、手にそっと触れてみる。倉庫裏で倒れていたというのは本当の話なのだろうか。もしそうならなぜ流生がそんな場所にいたのか。もしかすると誰かに呼び出されたのかもしれないし、そうなると頭の怪我は殴られた可能性が高い。流生は喧嘩が強いと聞いていたけど、多勢に無勢ということもある。

「……あ」

そこまで考えて、今朝のラブレターのことを思い出した。会って話を聞くと言っていたが、昼休みに入るまで流生にそんな素振りはなかった。倉庫裏にはラブレターの差出人に会いに行っていたのかもしれない。あそこは人目がないし、俺も前に崎谷先輩のファンに呼び出されたことがある。
でもそうなると、一番犯人として怪しいのはその差出人ということになる。好意が行き過ぎた結果、というのも有り得るだろう。

ストーカーに何かされたのだろうかと勘繰っていると、ベッドの横の椅子に置いてある通学鞄が目に入り、流生が手紙をそこに入れていたことを思い出した。

「ちょっとだけ、ごめんな。流生」

勝手に見るのはよくない事だと思ったが、封筒に書いてあるかもしれない差出人の名前だけでも、と俺は内心謝りながら鞄の中を探った。手紙はすぐに見つかったが、残念ながら封筒に名前はなかった。だが。

「…あれ」

今朝ちらっと見たときにはわからなかったが、この手紙、以前俺が崎谷先輩のファンにもらったものとまったく同じだ。俺のは単なる呼び出しの手紙だったが、これと同じように表には何も書いていなかった。

俺がもらったものとまったく同じ手紙で、同じ場所に呼び出された流生。これが偶然といえるのか。いや、呼び出されたのかどうかすら確定的じゃないが、気がつくと俺は持っていた手紙を開けていた。

そこに書いてあった内容は、ラブレターなどではなかった。それどころか流生宛でもない。校舎裏へ来いとの指示が書いてある、中身まで俺がもらったものと寸分違わない内容だった。

「てゆーかこれ、俺宛じゃんか……」

一瞬、俺が前にもらった手紙なんじゃないかとも思ったが、あれは折り畳んでとっくの昔に捨てている。これは間違いなく流生が今朝見ていたものだ。でも中には俺の名前が書いてあるし、まさか渡す相手を間違えたわけではあるまい。

もしかすると流生は、俺への手紙を読んで隠したのかもしれない。前回同様机の上に置いてあったなら流生が読むのは簡単だし、何よりあいつは俺が前に先輩のファンに手紙で呼び出されたことを知っている。俺の代わりに校舎裏に行ったのだとしたら、流生のこの怪我は。

「……嘘、だろ」

俺宛の手紙を読んだ流生は、俺の代わりに呼び出しに応じて倉庫裏へ行った。どういうやりとりがあったのかはわからないが、流生は俺の代わりに怪我をした。どうして俺に内緒でそんなことをしたのか。……いや、そんなの、俺を守るために決まっている。

以前に俺を守ると言った言葉が忘れられない。あの時は安心できるなんて能天気なことを考えていたが、俺は何にもわかっていなかったのだ。
流生はきっと優しいから、何度だって同じことをする。こんな風に、知らないところで俺を守ってくれたのだってひょっとしたら初めてじゃないのかもしれない。

このまま一緒にいたら、また流生は俺のために無茶をする。俺のせいで、俺と友達になったばっかりに。まったく関係のない流生が。

いくらやめろと言ったって、きっと素直にはきいてくれないだろう。きっと俺達は一緒にいない方がいい。流生が俺のために自分を犠牲にするなら、離れなければ。流生のためにも、俺自身のためにも。

事実がどうであれ、流生に頼るのはもうやめよう。先輩が嫌がるからと言えば、流生も距離をおくのを許してくれるはずだ。

「……」

クラスで流生しか友達のいない俺にとって、流生と離れるのは一人になるということだ。今日少し流生と離れただけであんなに寂しかったのに、俺は耐えられるのだろうか。
流生と話せなくなるのは嫌だ、そうは思っても横たわる流生の頭に巻かれた包帯を見て胸が締め付けられた。

「……痛かったよな、ごめんな、流生」

意識のない流生の手を優しく握り締め、心の中で何度も謝った。俺が気づいたことを知らなければ、流生がわざわざ本当のことを話してくることもない。このまま何も見なかったふりをしよう。自然に関係を切るにはこれが一番いい。

「……さよなら」

握っていた手を離し、手紙を鞄に戻す。いつのまにか流していた涙を拭い、俺は流生に別れを告げて病室を出ることにした。


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あきゅろす。
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