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しあわせの唄がきこえる
004



「暁、うるさいって何だよ」

「ご、ごめんなさい……」

その日の放課後、先輩の部屋に呼び出された俺は昼の件をひたすら謝っていた。あの場ではああ言ったが、先輩が嫌いな流生と先輩を差し置いて内緒でご飯を食べるなんて、良くなかったとちゃんと反省している。しかもうるさいなんて暴言を吐いて、もうあわせる顔がない。

「あの時、すげー傷ついたんだからな」

「……せんぱい」

拗ねているらしい先輩はこっちを見てもくもれない。俺がいくら先輩の名前を呼んでもずーっと機嫌は悪いままだ。

「先輩、今度また一緒にお昼食べましょう。だからこっち見てください」

「……」

ベッドに座っている先輩の膝に頭をのせて反省のポーズをとる。そのまま足にしがみついていると頭にそっと先輩のゴツい手が置かれた。

「……卒業したくねぇな」

小さく呟いた先輩の言葉に思わず顔をあげる。卒業なんて気が早い、と思ったがよくよく考えてみるとあとたったの半年だ。俺と先輩が一緒にいられる時間の少なさに驚いた。

「俺も二年だったら良かった。遠藤が羨ましい。あいつが卒業までずっとお前に引っ付いてると思ったらキレそうだ」

「そ、そんな物騒な。俺と流生はただの友達ですし、先輩が心配してるようなことにはなりませんって。それに三年になったら、クラス別れるかもしれないし……」

それはそれですごく寂しい、と思ったが今は先輩のご機嫌をとっているのでもちろん口には出さない。

「いーや、ぜったいあいつなら同じクラスにしてくるね。生徒会役員だし、職権乱用とか平気なタイプだろ。あー、留年してぇ」

「ダメでしょ、それは」

馬鹿なことを本気で言う先輩にちょっと笑う。生徒会役員にクラス替えをどうにかする権力なんかないだろう。それよりも先輩の方が平気で権力使って流生と俺を引き離してきそうだ。

「言ってみただけだ。俺達、もうすぐ一緒にはいられなくなんのに、暁気にもしてねーじゃん」

「気にしてます。俺だって先輩と離れたくない」

先輩がいなくなったら、学校に来る意味が半分以上なくなる気がする。それに今は先輩を信じていても、離れてしまえば先輩の気持ちがいつまでも自分にあるのか不安にもなるはずだ。なんだか結果的に流されて付き合うようになったけど、俺はやっぱり先輩が好きなのだと実感した。

そのまま先輩の足にコアラみたいに引っ付いていると、先輩はごく自然な動作で俺を床に押し倒した。口だけでなく首筋、鎖骨辺りまで吸い付かれ思わず身をよじる。

「最後までやったりしねぇよ。だから抵抗すんな、口開けろ」

「あ…、はい……」

恐る恐る口を開けるとすかさず先輩の舌が侵入してくる。男とキスしてもまるで嫌悪感なんてものはまるでなくて、単純に気持ちがよかった。先輩とのキスはやっぱり好きだ。でも先輩の固いものが時々下半身にあたるのがものすごく気になる。挙げ句野果てには俺の方まで反応してきて、驚いた俺は慌てて先輩を引き離した。

「……なんだよ」

「ご、ごめんなさい! でも、これ以上は心臓に悪くて……それで……」

だって先輩にバレたら死ぬほど恥ずかしい。今だってまるで自分が女になったみたいで顔から火が出そうなのに。

「お前、どんだけ慣れてねぇの。別にいいけど」

寸止めされて先輩は不満そうだったが、真っ赤になった俺を見て心中を察してくれたのか意外とあっさりやめてくれた。自分を鎮めようと必死な俺の頭を、何も知らない先輩は優しく撫でていた。

「よし決めた。俺、休み時間はなるべく暁のとこに行くわ」

「へっ!?」

「昼休みは、あの幼馴染みに譲ってやってんだから良いだろ? それに明日からは毎日、ちゃんと学校行くようにする。もったいねぇもんな」

そう言ってにこにこと笑う先輩にノーとは言えない。でも俺のクラスに来てまた流生と険悪ムードにはなって欲しくなかった。

「俺が先輩のとこに行きましょうか?」

「暁がこっちに来て変な野郎に目ぇつけられたら困る。お前は教室で待ってろ」

「……はい」

先輩は結構いつも一方的だけど、それが俺は嫌じゃない。俺のためを思ってくれてるのがわかるから、むしろ好きだと思う。俺の友達を悪く言う先輩はイヤだったが、これから先何があっても絶対に先輩を嫌いにはなれないのは、自分が一番よくわかっていた。









その翌日、つい寝坊した俺は電車に乗り遅れバスにも間に合わず少し遅刻してしまった。おまけに今朝はずっとどしゃぶりの雨で、ついつい足取りも重くなる。といってもいつも早めに出ているので、朝のHRには余裕で間に合う時間だ。むしろいつも登校している時より通学中の生徒が多い。狭い人混みの中、邪魔な傘を避けながら歩いていると後ろから声をかけられた。


「おはよう、暁」

「……崎谷先輩?」

顔は傘でよく見えなかったが声が先輩だった。朝早くからこんなところで先輩に会えるなんて、偶然でも寝坊して良かったかもしれない。

「朝から暁と会えるなら、早く来た甲斐があったかもな」

「はは、俺は遅刻してこの時間ですよ」

俺と逆の事を言っている先輩が面白い。俺達は二人並んで昇降口まで歩いた。傘をとじ、水滴をはらいながらふと先輩を見て、ぎょっとした。

「せ、先輩!?」

「……ぶはっ、何だよその顔」

「だってその髪、眼鏡も!」

先輩は長かった髪の毛をバッサリ切り、邪魔だったデカい眼鏡はなくなって昨日とはまるで別人だ。すごく野暮ったい高校生から、誰が見てもイケメンな美青年になってしまった。ただでさえ格好良い人が格好つけているのだから当然だろう。俺だけでなく周りの登校中の生徒までぎょっとしていて、ちょっとした注目の的になっていた。

「ただのイメチェンだよ、そんな騒ぐほどのことじゃねぇ」

「でも先輩、いいんですか? 変装やめたりして。理由があるからしてたんじゃ……」

確か祖父である理事長の言いつけじゃなかっただろうか。こんな簡単にやめてしまって怒られたりしないのかな。

「いいんだよ、どうせもう俺の素顔はとっくにバレてんだし、どっちでも良かったからそのままにしてただけだ」

「じゃあ何で今になってまた……」

どうしてこのタイミングでダサい高校生をやめたのか。目立ちたくないから地味な格好をしていると思っていたのに。
俺の問いかけに先輩はばつの悪そうな顔をして答えた。

「……お前だって、恋人がダサいと嫌だろ」

「へ?」

まさか俺が原因なのか。別に俺は先輩がダサいから嫌だなんて微塵も思ったことはないし、前のままでもかまわないのだが。

「それに、俺より遠藤の方がお似合いだとか思われたら癪だしな」

「……」

確かに流生は普段からいい男オーラが出まくっているが、それに対抗する必要なんかないのに。ひょっとして先輩、流生と張り合ってる? そう考えるとちょっと可愛い。いや可愛いとか言ったら先輩に馬鹿にしてんのかと怒られそうだけど。
第一、先輩がいま求めてる言葉はそんなものではないだろう。俺は生まれ変わった先輩の顔をまじまじと見ながら笑顔を見せた。

「先輩、超カッコイイです。流生より、誰よりも俺の先輩が一番ですよ」


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あきゅろす。
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