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しあわせの唄がきこえる
003


流生のお願いは、気構えた俺が思わず脱力するほどの簡単なものだった。一回だけでいいから昼食を一緒にとりたいと言われたときは、本当にそんなことでいいのかと何度も確かめたが、流生は嬉しそうに頷くだけだった。



「あき君の、美味しそう。俺もそっちにすれば良かったな」

「う、うん……」

そういうわけで、桃吾に今日は一緒に食べられなといと詫びを入れた俺は、流生と食堂で昼食をとっていた。前回来たとき同様とても人が多く混んでいて、なぜか前以上に見られているような気がした。

「あのさ、流生。何か、すごい視線感じるんだけど」

「……んー、そう? でも、確かに言われてみると、そうかな」

羽生達と来たときは物凄く悪目立ちしていたが、理由はなんとなくわかるし皆遠巻きに隠れ見ているといった感じだった。けれど今は周りの視線独り占めで、不躾にじろじろ見られている。いくら流生が人気あるからってこれはおかしいだろう。

「俺なんか、毎日ここに来てるけど、いつもここまでじゃない。あき君が、珍しいんじゃない?」

「えええ」

毎日規則正しく学校に通っている俺のどこが珍しいのか。何にせよこんなに見られてちゃ食べづらくてしょうがない。

「あき君、口にケチャップついてる」

「……とれた?」

「そっちじゃなくて、こっち」

「んー」

流生が手を伸ばして俺の口をごしごしと拭う。まるで子供のような扱いで恥ずかしい。

「よし、きれい」

「……ありがと」

俺の世話を焼いて満足げに笑う姿は小さい子供の面倒を見るおにいちゃんみたいだ。流生が嬉しそうなのでまぁいいかと思っていたとき、周囲の視線が俺達から外れていることに気がついた。明らかに俺の後ろに視線が集中している。


「おい、暁」

「……」

真後ろから聞こえた声の主の正体はすぐにわかった。ゆっくりと振り向いた俺を睨み付けていたのは、予想通り俺の恋人、崎谷一成先輩だった。

「せ、先輩どしたんですか。何でここに?」

「俺だって食堂で飯くらい食うんだよ。お前は知らなかったみてぇだけどな」

言葉が物凄くトゲトゲしい。凍てつくような視線と共に俺に容赦なく突き差さってくる。

「……もしかして、怒ってますか……?」

「ああ?」

まるでどこぞのチンピラのようになってしまった先輩に、俺は現実逃避したくなった。でもいくら流生が気にくわないからって、一緒にご飯食べたくらいでとやかく言われる筋合いはない。人嫌いの先輩が食堂に来るはずがないと思っていたから、バレないと高を括っていたのが良くなかった。

「お前、昼は幼馴染みと食うって言ってたじゃねぇか」

「そうですけど、流生とは今日だけ……」

「は?」

俺、そんなに地雷踏むような事言っただろうか。まるで浮気現場を押さえられみたいな修羅場に泣きそうになる。

「友達よりもまず、俺を誘うのが普通なんじゃねぇの? それともお前は、別に俺とはそこまで一緒にいたくねぇって言いたいわけ?」

「そ、そんなこと言ってないでしょ! 俺の事何だと思ってるんですか!」

あまりの言いぐさにムカついて負けじと噛みつく俺。食堂にいる生徒全員の注目の的になっていたがそんなこと気にしていられない。

「お前にその気はなくても、そいつはどうかわかんねぇだろ」

先輩に睨み付けられても、流生はただ黙って睨み返すだけだったがいつ喧嘩になってもおかしくない。取り返しがつかなくなる前にと俺は慌てて立ち上がり二人の間に割り込んだ。

「とにかく、話なら俺があとで聞きます! もし流生に突っかかるつもりなら、俺だって怒りますからね!」

「怒る? どう考えてもそれはこっちの台詞だろーが。どうせそいつにうまいこと言われて──」

「うるさい!」

「……」

本気でキレた俺の目を見た先輩がさすがに押し黙る。俺に怒るのは構わないが、流生まで巻き込むのは嫌だ。

「……わかったよ。悪かったって。確かに、こんなとこでする話じゃなかった。ごめん」

「……いえ」

俺の思いと怒りが伝わったのか、先輩はあっさりと引いてくれた。とりあえずこれ以上ここで騒いで問題が大きくなることはなさそうだ。

「俺の方こそ、怒鳴ったりしてすみません。後で必ず連絡いれますから、その時話します」

「ああ」

冷静さを取り戻した先輩が俺を座るように促す。肩に置かれていた手が顎に添えられたと思ったら、先輩が俺の唇に優しくキスをしてきた。

「……!?」

「………じゃ、また後でな」

真っ赤になった俺を見て、先輩は満足げに去っていった。遠くの方で何人もの悲鳴が聞こえる気がする。人前でキスされた衝撃で俺はしばらく動けなかった。

「……あきくん、大丈夫?」

「…へ?! あ、全然平気!」

流生に声をかけられて、ようやく思考回路が正常に戻る。照れを誤魔化すために俺はひたすらオムライスを頬張った。

「ごめんな流生。嫌な思いさせて。ちゃんと先輩に言えばよかった」

「別に、あき君が謝ることじゃない。気にしないで」

あんなことに巻き込んだのに、流生はなんて優しいんだろうか。これでは流生と先輩、どちらが年上かわからない。先輩は前の恋人のこともあって、余計にピリピリしてしまうのだろう。

「でも先輩が、流生にあんな失礼なこと言うなんて…。ほんとにごめん、先輩には後で俺から──」

「だからもういいって。崎谷がやったこと、あき君が謝るのは、ムカつくから」

「……」

流生は俺が思っていたよりずっと大人だ、と思っていた矢先、苛ついた冷たい返事が帰ってきた。うわ、どうしよう。何か呼び捨てにしてるし、これは完全に怒ってる。そりゃあんな睨まれたら誰だって嫌な気分になるよな。かといってこれ以上俺が謝るのは逆効果だし、どうすればいいのか。

「あき君、俺との時間、守ってくれてありがとね」

「……う、うん」

特に怒りを引きずるとことなく、流生は先輩がいなくなるとまたにこにこ笑って食べ始めた。言うまでもなくさっきのキスにはノータッチだが、周囲の生徒は先輩の大胆なキスにざわついている。先輩が余計な置き土産をしてくれたせいで、俺はひたすら早く終われと願いながら機械的にオムライスを一生懸命口に運ぶはめになった。


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