しあわせの唄がきこえる
002
次の日、俺はいつもの様に先輩と会うため屋上に向かっていた。先輩に泊めてもらったお礼をしていないことに気づき、今日は購買で買ったアイスを持参している。この前、冷蔵庫に色んな種類のアイスが買い占めてあったのを見たので、きっと喜んでくれるだろう。
勇み足で屋上への階段を上っていた時、俺はいきなり後ろから凄い力で引っ張られた。
「うわっ、何……!?」
「しーっ。あっきー、俺だよ、お、れ」
突然俺の口を塞いだ相手は自称この学校のナンバー2、戸上さんだった。あまり関わりあいたくない相手の登場に顔が引きつるのを我慢できない。
「久しぶり。ごめん、びっくりさせちゃって。大声出されちゃ困るから、つい」
「……」
戸上さんは手を離してくれたが、俺は今も叫んだ方がいいのかどうか悩んでいた。ここで全力で叫んだら崎谷先輩が気づいてくれるかもしれない。この人の危険度は羽生の次に高いはずだ。
「何か用ですか?」
「ほらまたー! 何であっきー俺にそんなに冷たいの? 俺はこーんなに優しくしてんのに」
「こんな人気のないところでいきなり口塞いでくる人のセリフですか……」
「だってさぁ、それは仕方ないじゃん。あっきーだってわかってるっしょ」
「?」
よくわからない俺は顔をしかめながら首をかしげる。戸上さんは俺にベタベタしながら顔を近づけ耳元で囁いてきた。
「まさか気づいてないの? あんなに見張られてんのに。俺ならウザすぎてキレるって」
「え」
「あっきーのためを思ってしたことなのに、わかってもらえないなんて悲しいなぁ」
見張られてる? それってどういうことだ? 身に覚えはないが、廊下を歩けば知らない相手からでも睨まれたりするぐらい俺は嫌われている。先輩と一緒にいることで何かと注目されることが多いが、そのことだろうか。
「つーか時間ないからさっさと本題入るけど、あっきー何で崎谷なんかと付き合ってんの? 遠藤より百倍マシだけど」
俺と先輩が付き合ってることは、やはりこの学校の生徒には筒抜けらしい。3年の戸上さんにまで知られてるなんて、プライバシーなんかあってないようなものだ。
「べ、別にいいじゃないですか。俺が誰と付き合ってたって」
「うわ、やっぱホントに付き合ってんだ。どーしよ、マジでないわ」
俺が認めた途端、戸上さんは一気に不機嫌になった。付き合ってる確証がないのだったら無闇に本当のことを話す必要はなかったかもしれない。でも隠したところで事実は変わらないのだし、俺は開き直ることにした。
「関係ないでしょう」
「ありまくりだって。おかげで羽生の機嫌が最悪なんだから」
「羽生さん?」
なぜそこで羽生の名前が出てくるのか。まさかまだあの人が俺の事を気に入ってるとでも思っているのか。
「なぁ、こっちに戻ってこいよ、あっきー。悪くはしねぇからさ」
戻って来いと言われるくらいそっちにいた覚えもない。どちらにせよ俺には羽生にも戸上さんにも関わるつもりはないのだ。
「前にも言いましたけど、そんなの羽生さんが許しませんよ。戸上さんは勘違いしてるんです。機嫌が悪いなら、それはきっと俺とは別のことが原因です、きっと」
「何でわかってくれないかなぁ。俺のが羽生とは長い付き合いなわけ、あっきーより絶対あいつのことをわかってる」
「羽生さん本人が、俺にいてほしいとか言ってたんですか?」
「あのプライドでガッチガチの奴がんなこと言うかよ。俺だって切羽詰まってなきゃこんなこと頼まねーし。別に羽生と一緒にいなくてもいいから、せめて崎谷とは付き合わないでくれ」
「……」
まさか、流生からも桃吾からもはっきりとは言われなかった事をこの人の口から聞くとは。しかも羽生の機嫌をとるという意味不明な理由で。もちろん俺の答えは決まっていた。
「無理です。俺は先輩とは別れません、絶対に」
「……後悔、するかもよ?」
「上等ですね。準備万端ですよ、こっちは」
そのまま戸上さんの脇をすり抜け、話は終わったとばかりに屋上へと向かう。
俺も先輩も、覚悟はしている。でもきっと、考えている以上につらい思いをすることだってあるはずだ。それでも、一度決めたことを変える気は更々なかった。
「あき君、先輩と屋上で会ってるでしょ」
「……」
移動教室で流生と廊下を歩いている時、言われた言葉に頭が痛くなった。海外のパパラッチに追われるセレブになった気分だ。
「何で知ってんのさ……」
「先輩が屋上を自由に使ってるって、結構噂になってるから。あき君呼ばないわけないと思って」
「ははは……」
先輩、私的有用バレてます。バレたところで問題ないのかもしれないが、後で先輩に言っておこう。何か俺いま認めちゃったし。
「あのさ、流生。わざわざ言うことでもないけど、できたら黙っててほしいなーって……」
流生は俺の話を聞いちゃいなかった。遠くの何かを見据えながら、それに気をとられている。
「もしもーし、流生、どしたの」
「……あ、ああ。別に」
「別にィ?」
なんだその素っ気ない返事は。俺のしてることにはズカズカ入り込んでくるくせに、そんな誤魔化し方で納得できるか。
俺の不満がわかったのか、流生がようやくこっちを見た。
「そんな顔しないで、ほんとに何でもないんだから」
「でも、何か見てたろ」
「見てたんじゃない。ただ」
「ただ?」
「周りを威嚇してた」
「へ」
威嚇と言われても理解できず、妙な沈黙が続く。俺の間抜け面を見て流生は笑った。
「できたら、言わないでおこうと思ったんだけど……あきくん、狙われてるよ」
「狙われてるって、俺が先輩と仲良くするのが気に食わない連中のこと?」
俺への嫌がらせは流生がいるからかなりマシになっているが、やはり先輩と付き合い出してから周りからの敵意がすごい。気にしないようにしてきたが、俺が思ってるよりヤバい状況なのだろうか。
「それもあるけど、それとは別に。あき君、自分が標的になるって自覚、あんまないよね」
「どういう意味だよ」
「先輩が好きで、嫉妬してる連中だけじゃない。あき君自身が狙いなんだ。油断してると、いつか襲われる」
「おそ……」
転入してきて早々、トイレに引きずりこまれた事と羽生に押し倒された時の事を思い出した。あの時はただのリンチかと思ったが、あれはきっとそうじゃなかったんだ。
「き、気を付ける、ようにする」
「そうして」
自分が先輩関係以外でも危険な目にあうかもしれないと知って、一気に不安が襲ってきた。それに比べれば崎谷ファンから嫌がらせなど可愛いものかもしれない。しかもこの学校にいる限り絶対に安心はできないのだ。
「大丈夫、あき君は、俺がずーっと守ってあげるから」
あまりにも真っ青な顔になっていたせいか、流生が優しい手つきで頭を撫でてくれた。何も心配いらないとでも言わんばかりの余裕の表情に、俺も少し安心できた。
「……ありがと、流生。俺にも何かできることあったらいつでも言ってな。力になるから」
「そんなこと、気にしなくていいのに。……ああでも、そうだ。じゃあ1つだけ、俺のお願い聞いてくれる?」
「なに?」
お願いと聞いて興味津々で訊ねる。俺がコイツにしてやれることなんて本当にあるのかわからないが、俺も何か役に立ちたい。笑顔で嬉しそうな流生は、またしても俺の頭を優しく撫でながそのお願いを口にした。
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