しあわせの唄がきこえる
友達と恋人
「あきくん!」
次の日、先輩の部屋から直で登校した俺は早速流生に捕まった。背後から抱きつかれて嘘をついた後ろめたさからかなんとなく気まずかった。
「おはよう、流生」
「先輩に、聞いてくれた?」
「な、何を」
「泊まっていい?」
目をキラキラさせて詰め寄ってくる流生を俺は真っ向から見据える。俺の困った顔に流生は何かを察した様だった。
「ごめんな、流生。やっぱ泊まりには行けそうにない」
「……えーっ、何で? 先輩、許してくれないの?」
「いや、俺が決めたことなんだ。先輩がどうとかじゃなくて。……流生の事は好きだけど、俺は先輩と一緒にいるって決めたから、不安にさせたくない」
「……」
「……怒った?」
流生より先輩を選んで、しかもこれじゃ流生を信用していないと言っているようなものだ。俺自身、流生が自分に何かするなんて思ってもないが先輩はそうじゃない。流生の名前を出すだけで機嫌が悪くなる。説得なんて夢のまた夢だろう。
「怒ってないよ、あき君。納得もしてないけど、仕方ないよね」
「……ごめん」
「そんな顔しないで。俺はこんなことで友達、やめたりしないよ?」
「流生」
てっきりまた駄々をこねるか怒るかと思ったが、流生は俺が思うよりずっと大人だった。前とは違い俺が自分の意思で本気で言ってるのを感じて、身を引いてくれたのだろう。
「……ありがとう」
「いいよ。あき君と話せなくなる方が、よっぽど嫌だし。これからも仲良くしよ」
にこにこ笑いつつもがっかりしている様子の流生に胸が痛んだが、泊まりには行けないだけで友達じゃなくなるわけじゃない。これ以上先輩の疑心暗鬼を悪化させないためにも、もう流生の事は絶対に話題に出さないと誓った。
昨晩、話を最後まで聞いてくれた先輩は俺が落ち着くまでベッドの上でずっとだきしめてくれていた。優しくされればされる程、泣きそうになる俺に先輩は笑って大丈夫だからと言ってくれた。
その後、俺達は二人して抱き合ったままいつの間にか眠ってしまったらしく、先輩にがっちりホールドされながら目が覚めた時はかなりビビった。しばらくの間は昨夜自分が言ったことに悶々としていた俺だが、目覚めた先輩に優しい顔でおはようと言われると、自分の選択は間違っていなかったと本気で思えた。
「で、何で付き合うことになってんだよ……」
「ご、ごめん」
昼休み、俺は桃吾に報告がてら先輩と交際することになった経緯を説明した。普通なら簡単にカミングアウトできない様なシビアな内容だが、この学校の環境と桃吾の人柄が俺の口を軽くした。さすがの桃吾も先輩と付き合うとことにはかなり動揺していたが、そこまで驚いてはいない様子だった。
「どうすんの、俺の不安が的中しちゃってんじゃん。ていうか何か俺も責任感じるんだけど」
「別に俺はこれでいいと思ってるんだから気にすんなよ。親には申し訳ないと思うけどさ……」
「お、親に話すの?」
「そりゃいつかはな。だって孫の顔を見るのは諦めてもらわなきゃならないし」
特に母さんはがっかりするだろう。俺も自分の子供の顔が見れないのは残念だが、存在も
しない子供よりも今は先輩が大切なのだから仕方ない。
「暁、お前めちゃめちゃ真剣に考えてんじゃん」
「そりゃそうだろ、全部覚悟の上で本気で付き合ってんだよ、俺は」
今は揺るぎない覚悟を持っているが、この先どうなるかは誰にもわからない。でも先輩なら何があっても信じられる。だから俺達は大丈夫なのだと、俺は根拠もなく信じていた。
「もう、孫は忍の方に期待してもらうしかないし」
「えっ、……うーん、それはどうかなぁ……」
「はぁ? 何でだよ、あいつ不良だぜ? 絶対結婚早いって」
忍から女の話は一度も聞いたことがないが、恐らく俺には照れ臭くて話したくないのだろう。不良といえば女に手が早くてすぐにデキ婚しそうなイメージ。あくまで勝手な俺の偏見。でもそうなる忍のビジョンが容易に目に浮かぶ。
「……忍って、彼女いんの?」
「聞いたことないから知らない。でもいる気がする」
奴から童貞の匂いはまったくしないから、今はいなくても過去にはいたはず。というか高校生なんだから彼女の一人や二人いたっておかしくないだろう。なのに桃吾は忍の話を聞いて若干不機嫌だ。いつもは忍の名前を出したとしてもここまであからさまな顔にはならない。喧嘩別れをした忍が女にモテることが気にくわないのだろうか。桃吾はそんなに心が狭い奴でも女にモテない男でもないと思うのだが。
「桃吾こそ、何で誰とも付き合わねーの? 前は誤魔化されたけど、言えよ理由」
「……」
桃吾がモテないとか絶対有り得ないので、後はもう実はホモくらいしか俺の乏しい想像力では理由が思い付かない。地味に気になるので正直に話してほしい。
「実は俺も、男に告白されたことがある」
「えっ」
それって、それってまさか…? な顔をする俺を見て桃吾が嫌そーな顔を作った。
「勘違いすんなよ。もちろん断ったし、男と付き合ったことなんかない。むしろその時の俺は男同士とか想像もできなかったから、結構酷いこと言っちまった。めっちゃくちゃ仲良い奴だったのに、そのせいで縁が切れた」
「……桃吾」
「バスケでスタメン張るようになってから、知らない女から声かけられたり告白されるようになったけど、その親友だった奴のことがずっと頭から離れねぇんだよ。俺はあいつに酷いこと言って振ったくせに、女ってだけでよく知らねー奴とホイホイ付き合うのかって、すっげー自己嫌悪。あいつに謝りたくてももう遠くに行っちまって簡単には会えねーし、だいたい今さらどの面下げて何言えばいいってんだ」
俺に話してるというよりは、自分をひたすら責めてるという感じだ。まさかこんな真剣な話になるとは思ってなかった俺は、なんと返せばいいのかわからなかった。
「……えーっと、それってつまり、桃吾はその親友の事が好きだったって事?」
「ちっげーよ!!」
すごい勢いでつっこまれた。でも今の話の流れって、完全にそういうことだったよな?
「今でも男と付き合うなんて有り得ねーって思ってるけど、あいつより一緒にいて楽しい女なんていないし、好きとか言われても俺の何を知ってんだとしか思えない。そのせいで、付き合うとかそういう恋愛ごっこには嫌気が差してんの、俺は」
「そ、そんなこと考えてたのか、桃吾」
能天気でバスケのことしか考えてないバスケ馬鹿だとばかり思っていた幼馴染みは、意外と色々考えてる奴だった。けれどやっぱり俺にはその友達のことが好きだと言っているようにしか思えないのだが。
「つまり何が言いたいかっていうとだな、俺が女と付き合わないのはホモだからじゃないし、かといって男同士の恋愛に偏見持ってるわけでもない。そんでもって、お前の事は応援してるし、そこまで本気で好きになれる相手ができるのは良いことだと思う。だからマジで頑張れ、辛いこともあるだろーけど俺にできることがあればいつでも言え」
「……お、おう!」
桃吾が認めて背中を押してくれた事に俺は感極まっていた。引かれることはなくても、こんなにも親身に考えてくれるとは思ってなかった。
桃吾ってやっぱりいい奴だ。こいつのおかげで、自分の選択が間違っていなかったと俺は改めて安心できた。
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