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しあわせの唄がきこえる
007


真っ暗な中で先輩に肩を抱かれた瞬間、これはまずいと直感した。慌てて止めようと開いた口は先輩の口に塞がれる。

「んっ!? ん……」

そのままベッドに再び押し倒され、身動きがとれなくなってしまった。前から思っていたことだが、先輩は物凄くキスがうまい。口を挟む隙さえない。そして困ったことに、俺は先輩とするキスがそれ程嫌いじゃない。
けれど下の方で何やら固いものを押し付けられた瞬間、防衛本能が勝った。

「んー! ん〜〜〜!」

「……なんだよ」

流されてはいけないとあまりにも呻く俺にさすがの先輩も口を離してくれる。いいところで邪魔されてかなり不機嫌だ。

「だって息が苦し……ってそうじゃなくて!」

「?」

「先輩! 俺、大事な話があるんです!」

「いま?」

「いまです!」

俺のあまりの必死さに渋々先輩は離れてくれる。俺はベッドの上で正座になり、十分に深呼吸してから話し始めた。

「あの、ずっと言わなきゃって思ってたんですけど……」

「なんだよ、早く言え」

頭の中で何度もシュミレーションしていたにも関わらず言葉に詰まってしまう。でもここではっきり言わないと、もうどうにもならなくなる。俺は勇気を出して話し始めた。

「……俺、実は軽い潔癖なんです。といっても手を繋いだり…キスしたりとかは大丈夫なんですけど、そういう、本番…はできたら遠慮したいというか、ぶっちゃけできないっていうか。そんな、感じ、デス……」

みるみるうちに崎谷先輩の顔がしかめっ面になってきて、俺も段々と小声になっていった。けれど俺の言いたいことは十分に伝わっているらしく、とりあえず言い切った達成感でいっぱいいっぱいだった。

「……つまり、お前は俺とはヤれねーって言いたいわけ?」

こ、こわい。怒ってるという程ではないが、良く思っていないのは嫌でもわかる。いたたまれなさすぎて変な汗が出てきた。

「いや、あの、先輩とはってわけじゃなくて、誰とでもそういうことはできないんです」

「……」

先輩がものすごく考えている。そりゃそうだ。やりたくないなんて男の本能を踏みにじりすぎだ。同じ男だから先輩の気持ちはすごくわかる。

「……口でするのも駄目か?」

「くち?」

一瞬何を言われてるのか理解できなかったが、すぐに察して素早く顔をそらした。

「むむむ無理です! 触るのも無理なのに口なんて!」

「手も駄目なのか? 自分の触れんだからできなくはないだろ」

「いや、もうほんと、勘弁してください…っ」

だんだんと泣き寝入りに近くなっている。嘘をついているというよりは、ただただ本音で懇願している状態だ。自分以外のモノを直に触っていかせるなんて、想像もしたくない。

何も言わなくなった、というより言えなくなったであろう先輩の顔は、もう見られない。最初から、こんなことうまくいくわけがなかったのだ。もうここまで言ってしまったのだからさっさと決着をつけよう。

「俺、先輩には浮気なんて絶対してほしくないし、色々耐えてる先輩なんて見たくない。でもこればっかりはどうしようもないし、こんな状態じゃ絶対にうまくいきっこない。俺の方からしつこく迫ってたのに、今更何言ってんだって感じですけど、でも、やっぱり俺達……」

「──よし、決めた」

まさに別れを切り出そうとしたその時、先輩に口を挟まれ止められた。先輩の方を見ると彼は俺の想像とは違い、吹っ切れたような妙にスッキリした顔をしていた。

「わかった。俺はちゃんと我慢するし、立川が嫌なことは絶対しないって誓う。それでも浮気はしないし、ずっとお前といるよ」

「…………え?」

先輩から聞こえたまさかの言葉。想像もしていなかった展開にどう対応すればいいのかわからない。この人、今ずっとって言ったか。ずっとってことは一生ってことで、性欲発散もできない俺なんかに一途でいるっていうのか。
先輩以外の人が同じことを言えば、調子良いこと言うなとか、そんなこと約束できるのも今のうち、なんて思ったりするだろうが、崎谷先輩に限ってはきっと何があっても約束を守るのだろうと信じられるから怖い。

「……どうして、ですか」

「ん?」

「どうして、会ったばっかの俺のためにそこまでやってくれるんですか。先輩、初めは俺のこと鬱陶しがってたじゃないですか。付き合えただけでも信じられないのに、俺なんかのために何でそこまで……」

俺が先輩なら、こんな自分勝手で後先考えないような馬鹿な男と条件付きで付き合おうとは思えない。本気で理解できなかった。

「何でって、そりゃお前とこれからも付き合いたいからだよ」

「だから、それがわからないんですって。ずっと好きだった相手とかならともかく、俺ですよ? ウザいだけじゃないですか!」

「自分で言うなって」

本気で怒鳴っている俺を見て輩は楽しそうに笑っていた。こっちは訳がわからなくて対処方法を必死に考えていたが、元よりこんな条件が通らないこと前提の作戦だったからプランBなんかない。

「誰かと付き合いたいって思ったら、そいつとずっと一緒いる覚悟で告白するもんだ。そりゃあすれ違ったりうまくいかないこともあるだろうけど、今回はそうじゃない。やりたいだけで付き合ってるわけじゃないのはわかってただろ…?」

そんなことは百も承知だ。頷くと先輩はくしゃくしゃと俺の頭を撫でた。

「本当は初めて会ったときから、お前のことは可愛いって思ったよ。だからこそ心配になって後つけたから、お前を守れた」

「えっ、つけてたんですか?」

この学校に来た日、先輩が俺を助けてくれたことを思い返す。あれは偶然だと思っていたがそうじゃなかったのか。

「あの時は純粋に心配してのことだ。その後お前にまとわりつかれるようになった時は鬱陶しかったけど、本気で嫌ってはなかった。他の奴らとは違って、立川には悪意がまったくなかったし」

「……悪意?」

そんなもの、俺以外の人にだってないだろう。けれど先輩は前に元恋人のことで嫌な思いをしたと言っていた。俺はその人の事知らなかったから、それが逆に良かったのかもしれない。

「つーか、俺にばっかり恥ずかしい事言わせんな。お前はどうなんだよ」

「お、俺!?」

俺は先輩の強さと優しさに惚れていたわけだが、それは恋愛感情ではない。だから何と答えるか思わず躊躇った。

「……お前が俺のこと好きじゃなくたって、俺は簡単に諦めるつもりはねーけどな」

「え!? 何ですかそれ!」

まさか俺の気持ち先輩にバレてんのか!? だって考えたくないけど、いま先輩好きじゃないって言ったよな?!

「何でそんな事言うんですか! 俺はっ、俺は先輩が好きなのに…っ」

「……お、おう」

俺のあまりの気迫に先輩が気圧されている。あっけにとられた先輩の顔を見て、自分が怒っていることに気づいた。

何で、俺は怒ってるんだ。動揺を隠すため? 本心をごまかすため? いや、そうじゃない。俺の気持ちを否定されて怒ったんだ。

「……悪い。別に立川を疑ってるわけじゃねぇんだ。でもお前、付き合う様になってからなんとなく距離を取るようになっただろ。それに今回のコレだ。俺だって不安にもなる」

「……」

「……いや、悪い。こんなこと言いたいんじゃない。立川の事は信じてる。ただお前の気持ちが離れてしまうのが、怖いだけなんだ」

その言葉に、俺は間違いなく動揺していた。さっき口にした先輩が好きだという気持ち、それは間違いなく本物だった。先輩はそれを誠意で見せてくれた。なら、俺は? 俺は先輩に何をした? ずっと嘘ばかりついて、調子の良いことばかり言って、先輩を傷つけたくないと言いながら自分が傷つかないようにしてる。
恋愛感情じゃないというが、恋愛感情って何だ。俺が大切にしたいものは、こんなにもわかりやすいのに。

「……先輩が、好きです」

「…立川?」

「ごめんなさい、先輩が好きです。……俺も、先輩と、ずっと一緒にいたいです。……だから俺のこと、許してくれますか…」

それが心からの、俺の本心だった。その場限りの言葉を並べたわけではない。俺は覚悟を決めていた。先輩がそうしてくれたように、崎谷先輩と共にいる覚悟を。

「何も泣くことないだろ。……馬鹿だな、謝る必要なんかない。できなくたって、負い目に感じることなんかないんだよ」

いつの間にか涙を流していた俺に、何度も先輩は好きだと言ってくれた。安心させる様に優しく抱き締めてくれた。そのせいで、余計に涙が溢れだして止められなかった。

「俺は、お前と一緒にいられるだけでいい」

俺も同じ気持ちだと、先輩の胸の中で何度も頷いた。涙でぐしゃぐしゃになった俺の顔を優しく拭う。

「……俺からも頼みがあるんだけど」

「……はい」

涙で滲んだ目に先輩の穏やかな顔が映る。
俺達の気持ちが、ようやく通じあった瞬間だった。

「暁って、名前で呼んでもいいか?」


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あきゅろす。
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