しあわせの唄がきこえる
006
「う、うまい……!」
その夜、俺は部屋で先輩お手製の料理をごちそうになっていた。俺が風呂に入らせてもらっている間にぱぱっと短時間で先輩が作ったものだ。本人が男の料理、と言っていただけあって出されたのは山盛りの焼きそば。最初はその量の多さに食べきれるか心配だったが、あまりの美味しさにどんどん箸が進んでいった。
「これほんとに旨いです先輩! すごいです!」
「お前、大げさだろ」
親が仕事で忙しいこともあって、結構インスタント率の高い俺は出来たての飯に飢えていた。母親の料理も不味いわけではないが、作りたてということもあって先輩の焼きそばの方が何倍も美味しく感じる。
「まあ、その方が作り甲斐はあるけどさ」
そう言って自分も焼きそばを口にどんどん入れていく。照れながら食べる先輩は、ちょっと可愛い。
一時ちょっとしたピンチになったものの、その後の先輩はいたって普通で俺達はお互いに色んな話をした。先輩の事を聞いていると、彼が物凄く多趣味だということがわかった。スキーや麻雀はもちろんのこと、体を鍛えるのが好きで物置には筋トレグッズがたくさん隠されていた。その他にもピアノ、テニス、乗馬と金持ち特有の趣味もあり、途中から何も趣味や特技が思い当たらない自分が恥ずかしくなっていた。
「そういや立川、前に強くなりたいとか言ってたよな」
「え? あ、はいっ」
先輩のその思い出した様な言葉に、俺はそもそもの目的をすっかり忘れていたことに気がついた。元々、喧嘩ができるようになるためにここに来たのだ。それどころじゃない事件の連続ですっかり二の次になっていた。
「確かに、お前も自衛できた方がいいな。よし、俺がおしえてやるよ」
「ほんとですか!?」
あの先輩が直々に指導してくれるなんて願ったり叶ったりだ。俺はお願いしますとすぐに頭を下げた。
「だから違うって、小指はこう、こう捻るんだよ」
「こ、こう?」
「そうだけどもっと早くやれ! 相手は待ってくれねぇぞ!」
「……」
夕食が終わってから約一時間、俺は先輩に指導を受けていた。最初は意気揚々と熱心に話を聞いていた俺だが、だんだん雲行きが怪しくなってきた。
「こうして身体を捕まれたら、喉仏の下をひと突きだ。手を捕まれていた場合は小指を捻り上げて……」
「あの、先輩」
「力で敵いそうにない相手なら、股間を蹴り上げてもいい。遠慮せず、一撃でしとめろ」
「いえ、あの……」
「それができたら次に親指の間接技を─」
「崎谷先輩!!」
大声にびっくりした先輩がようやく話すのをやめてくれた。むっとした顔をしつつも俺の言葉を待ってくれる。
「あの、俺の喧嘩が強くなる様に指導してくれるんじゃ?」
「やってるだろ、今」
「じゃあ何でこんな、すぐにできる護身術みたいな感じなんですか」
「文句あんのか」
「そうじゃなくて、俺はもっとこう、ばーんと派手な感じで、弟もびっくりするような……」
「弟?」
「や、何でもないです」
いけない、忍の話は誰にもしちゃいけなかったんだ。双子なんて言って興味持たれるとウザいから、という理由でここまで頑なに隠そうとする忍の気持ちもよくわからないが、あんまりしつこいので俺は律儀に守っている。
「とにかく、貧弱なお前がいきなり派手な技使えるわけないだろ。いざという時使いもんにならねぇと心配だ。お前みたいなひょろひょろ、その辺に置いとけない」
「ひょろひょろって、身長そんな変わんないのに!」
「ガタイが違うんだよ。お前痩せすぎ、服の上からでもわかる」
「普通だって! そりゃ先輩よりは多少見劣りするけど……」
不良で超強いらしい忍とだって俺はそんなに体形は変わらない。服の上からしか見てないけど。
「多少? お前、ふざけんなよ」
俺の言葉にキレたらしい先輩が着ていたシャツに手をかける。いったい何をするのかと思ったら先輩はそのシャツを迷わず脱ぎ捨てた。
「お前、これ見ても同じこと言えんのか」
「わあ」
予想よりずっと筋肉のついた身体に思わず感嘆の声が漏れた。割れた腹筋と二の腕の筋肉に釘付けになる。
「そ、そんな自慢されても俺はまいったりしませんよ。筋肉なんて、ついてりゃいいってもんじゃないし……」
「ほーう。じゃあお前も脱いでみろ」
「へ!? いや、それはちょっと」
あんな立派な上半身見せられたあとで自分の貧相な身体晒したくない。慌てて逃げ出そうとしたが2秒でベッドに引き倒されシャツをたくしあげられる。
「わー、先輩シャツ! シャツのびるから!」
「俺のだからいいだろ。ほら、観念して見せろって」
「無理無理! 無理ー!」
ほとんど脱がされた状態でも俺は必死に隠そうとした。俺のお粗末すぎる上半身を堂々と見せられるほど神経図太くないのだ。けれど力の差がありすぎてすべてひっぺがされるのは時間の問題だった。
「ごめんなさいごめんなさいっ、生意気言ったこと謝るから、放して下さいーっ!」
ついに観念した俺は先輩に謝りまくった。恥ずかしさのあまりの苦肉の策だ。あまりに必死すぎたからか先輩は手を止めてくれた。
「……そんな本気で嫌がるなよ。俺が無理矢理襲ってるみたいじゃねぇか」
「だ、だってヤなんですもん。見せるのは」
「別に、そこまで抵抗する程じゃないだろ。俺と比べるから悪いんだよ」
「そりゃ比べるに決まってます」
「そんなに気になるなら電気を消す」
「はい……」
それならとりあえず俺の姿が見えなくなって一安心。って待てよ、どうして電気を消す必要がある。
「先輩、何で……」
疑問を口にする前に部屋の明かりが消える。月明かりだけを残して、先輩がゆっくり近づいてくるのがかろうじてわかった。
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