しあわせの唄がきこえる
002
「というわけでごめん、泊まりにいけなくなった」
「ええええー!」
崎谷先輩に泊まりは駄目だと言われたことを流生に正直に話すと、案の定大ブーイングをくらった。予想通りの反応に俺はただ無になって流生に謝り続けていた。
「ごめんな、流生」
「やだやだやだ! 何でダメなの!」
それはお前が俺をどうにかすると先輩に疑われているから、とか言ったら怒るだろうな。流生は普段は穏やかだけど喧嘩は強いらしいし、先輩ともし揉めることになったら……うわぁ、考えるだけで気が重い。
「もう一回崎谷先輩に頼んでよー!」
「ごめん、埋め合わせは必ずするから」
ぶっちゃけそう遠くないうちに俺は崎谷先輩にフラれる予定なので、そうすれば堂々と流生の部屋にも泊まれるのだがそれはまださすがに言えない。もちろん納得いってないらしい流生はむすっと子供みたいにふくれて拗ねてしまった。
どうやって機嫌をとろうかと考えていた俺の机に、流生がバラバラになった写真の切れ端を並べた。何なんだと思いつつ、よく見るとその写真に写っていたのは俺だった。
「これって……」
「あき君の靴箱に入ってたの。俺が朝抜いといたけど、どうせいつかバレるし今見せとく」
「……」
明らかに隠し撮りされた写真。それをズタズタに切り裂かれて靴箱に入れられてた、なんて。最悪な記憶を嫌でも思い出す。
「何でまた……もう終わったと思ってたのに」
「そんなの、崎谷と付き合ってるからに決まってるじゃん。あんなに二人で一緒にいたら、みんな気づくよ」
「……」
水浸しにされたり、物を隠されたり、すれ違い様に睨まれたり、あれがまた始まるなんて。流生がいつも近くにいてくれてるからなんとか耐えられているものの、あれは本当につらいのだ。
「崎谷サン、あき君のこんな状態も知らないじゃん」
「……流生、それは」
「いくら先輩が好きでも、こんなの長くはもたない」
流生の言葉が今の俺には重くのし掛かる。俺は確かに先輩が好きだが、それは恋愛感情じゃない。先輩は俺のあまりのしつこさに流されて付き合い、俺はといえば周りからはいじめとも呼べる嫌がらせ。誰も求めていない関係、それが崩れるのは確かに時間の問題だった。
その日の休み時間も、俺は先輩と屋上で二人並んでいた。天候はあいにくの曇り空で、まるで俺の胸中を見透かしている様だった。
「俺んとこに来るの、明後日でいいか?」
「え、ああ、はい」
「終わったら迎えに行く。教室で待ってろよ」
「はい……って、え?」
少し上の空だった俺も先輩が教室に来るという話だけは聞こえた。先輩は今まで俺のクラスに来たことはない。つまり流生と先輩が俺の前で鉢合わせたことはないということだ。
「いえ、俺が先輩のとこへ行きます」
「お前のクラスのが靴箱に近いだろ。いいから待ってろ」
「でも、先輩が俺のとこにくるのはちょっと……」
「問題あんのかよ」
「だって流生が……」
「ああ?」
つい本当のことを言ってしまいそうになったが、先輩の凍てつく視線に言葉が引っ込む。先輩は噂でしか知らない流生がそんなに嫌いなのだろうか。
「あいつと付き合うのはやめろって言ったよな」
崎谷先輩の上からの口調にさすがの俺もカチンときた。俺と流生は友達だ。とやかく言われる筋合いはない。
「……そんなこと、命令されてできるわけないじゃないですか」
「だったらせめてする努力を見せろ。俺の前であいつの名前を出すな」
「流生は先輩が思ってるような──、んっ……!?」
負けじと言い返そうとした俺の口を先輩が素早くふさぐ。あろうことか自分の口で。
「せんぱ……やめ……っ」
そのまま先輩に押し倒された俺は、そのまま深く深く口づけられる。突然の激しいキスに俺は頭が真っ白になっていた。
「ん……」
先輩とキスするのは二度目だが、前とは事情が違う。付き合ってる手前嫌がりすぎても不自然だし、かといってこのままされるがままになってるわけにもいかず、俺はやんわり先輩の手を掴み顔を背けた。
「先輩、はなして……!」
「……馬鹿、こんなところで最後までやらねぇよ」
ガチガチに固まる俺を宥めるように抱き込む先輩。その手つきはとても優しかったが、俺はその物騒な言葉を無視しきれなかった。
「あの、最後っていうのは」
「あ? 決まってんだろ。入れたりしねぇってことだよ」
「………」
いれる、という言葉に俺は作り笑いのまま硬直した。まさかこれが噂のオカマを掘られるというやつなのか。あれって都市伝説か何かだと思ってた。先輩のギラついた本気の目を見るまでは。
「明後日、楽しみだな」
「……」
どうしよう。この人、やる気満々だ。
差し迫った危機に、いつかなんとかすればいいと問題を先伸ばしにしていたことを、俺はこの時初めて心の底から後悔した。
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