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しあわせの唄がきこえる
007


結果から言えば、暁の身体にそれらしき傷はなかった。藤貴はあの後暁が風呂に入るため服を脱いでいる時、偶然を装って脱衣場の扉を開けて確認したそうだ。そんなに長い間じろじろと見ることはできなかった様だが、痣も切り傷も見当たらず、裸を見られたからといって特に怒ることもなかったらしい。
傷がなかったということで、俺の予想はほぼふりだしに戻ってしまった。もはや俺に残された手がかりは遠藤流生しかない。





「……何? しー君」

登校して早々、俺は4階のトイレに流生を半ば無理矢理連れてきた。ここは生徒の教室がなく、すでにHRが始まっているこんな時間ではまず人目はない。話し合いには最適な場所だ。

「教室、戻りたいんだけど。このままじゃ遅刻扱いだし」

「お前に確認したいことがある。暁がお前の部屋に5日くらい泊まったことがあったな。あれは何でだ」

「……そこまで知ってるなら、聞いてるんじゃないの。体調崩したって」

「母親には勉強するって言ってたみたいだけど」

「迷惑、かけたくなかったんだよ。仕事頑張ってるお母さんにはね」

「お前は良いのに母親にはかけられない?」

「俺とあき君は、ただの友達じゃない。もっと深いところで、信頼しあってるんだ」

「……」

遠藤流生の言ってることは、必ずしもむちゃくちゃというわけでもない。もしかすると全部ただの考えすぎだったのかも。暁が暗かったのはいじめられていたからで、そのせいで流生も機嫌が悪かった。何もおかしくない。

「あき君だって、しー君に話してないことぐらいあるよ。何で探ったりするの」

……確かに流生の言う通りだ。だいたい暁がリンチされていたとして、俺はどうする気だった? あいつのために復讐する? そんな柄にもないことを俺が? 意識不明の重体ならともかく、1ヶ月くらいで跡形もなくなるような怪我なんか放っておけばいい。暁だって今はもう引きずってない様だし、俺だけが気にして馬鹿みたいだ。

だが、そもそも俺がここまで気にする理由は暁が何でも俺に話してくる奴だからだ。離れ離れになってからも、学校の友達、好きな女、訊いてもないのにペラペラと近況を話してくる。そんな暁もいじめと崎谷一成の件だけは別だった訳だが。

「……もしかして、暁の奴崎谷と一緒にいたとかじゃねーよな」

「え?」

崎谷一成と一緒にいるために母親に信頼されてる流生の名前を出した。学校を休んでたってことは、二人で旅行とかいってたりして。そしてその旅行中に喧嘩して別れることになった、と。まあ、なくはない話だ。

「違う。あき君は、俺と一緒だった」

「ふーん、どうだかねぇ」

別にそんなこと隠さなくても、とは思うが普通男と付き合ってるなんて簡単に暴露できるものじゃない。たまたま俺がゲイだったから良かったものの、そうじゃなきゃ縁を切られてもおかしくないのだ。……いや、ちょっと待てよ。

「……? しー君?」

黙り混んでしまった俺に流生が不安そうに声をかけてくる。だがそれに反応している場合ではなかった。
暁はそもそも、なぜ俺に代理で崎谷に別れを告げて欲しいと頼んだのか。そのためには自分が男と付き合っていたなんて暴露をしなければならないのに。得られるものに対してリスクが大きすぎる。それにもし俺がこんな計画を立ててなければまず協力はしなかったし、男と付き合ってたことを理由にこれ幸いと暁と距離をとっていただろう。自分のことは棚にあげて。

もしかして、暁は俺がゲイだと知っていたのだろうか。バレるようなミスはしていないつもりだが、もし桃吾が告白されたことを暁に話していたら? ……もしそうならそれはそれで別の問題が出てくるが、それでも俺にあんな頼みをするのは理解できない。むしろ俺と仲良くしていきたいならそこは触れないでおくところだろう。

暁には、なんとしてでも崎谷に直接別れを告げられない理由があった。喧嘩なんかが別れた理由じゃない。やっとわかった。暁は崎谷に会いたくなかったのだ。だからこそ俺の条件を飲み、向こうで大人しくしている。でもその理由がどうしてもわからない。


「暁が崎谷と別れた理由は何だ」

「…………そんなの、知らない」

嫌な間があった。こいつは確実に何かを知っていて、それを隠してる。暁に口止めされてるのか、絶対に話さないという意思が見える。脅したところで効果はないだろう。

「俺に何を隠してる。どうせバレるんだから、今のうち話しておけ」

「だから、知らない。もうあき君の事は放っておいて」

流生の射抜くような視線にも俺は一歩も引かなかった。確か、前にもこいつが何か隠していると確信したことがある。あの時はまだ俺の正体はバレていなかったはずだが、流生の挙動はおかしかった。あれは体育の時間、倉庫にラケットを取りに行った時だ。

「し、しー君!? どこ行くの!」

突然走り出した俺に流生の呼び止める声が追いかけてくる。それを無視してひたすら走り続けた。俺が目指していた場所はあの時の体育倉庫だった。


全速力で廊下を走り抜け、たどり着いた時にはすでに一時間目が始まっていた。けれどそんなこと気にしている場合じゃない。外から見る限りでは、何の変鉄もないただの倉庫だ。あの時は流生が邪魔して入れなかったが、この中に俺の求める答えがきっとある。
どこかのクラスが体育をするのか、幸運な事にドアが少し開いていたので俺は迷わず足を踏み入れた。

中は煙たく薄暗く、倉庫にしては広いが色々なものが詰め込まれている。だが別段倉庫としておかしなところはない。俺は奥まで進み、中を隅々まで確認した。金属バット、テニスラケット、綱引きの綱。何も異常はない。
普通に考えれば当たり前だ。もし俺がこの中の何かを使って悪事を働いたとしても、見てすぐにわかる証拠なんて残さない。

「…? これって……」

もう何年も使ってないような古いマットのが三段積み重なっていて、その一番上をめくると赤黒く細いスジがついていた。まるで染み付いて時間がたった血の様だ。すぐに俺はそのマットをひっくり返した。
そこには、似た血の痕が何本か残されていた。まるで誰かがものすごい力で引っかいたみたいだ。だがもしこれが誰かが残した血の痕なら、きっと爪の先も剥がれて……。

「…っ、嘘、だろ……」

こっちで暁に会った時、奴が指の先に絆創膏を巻いていたのを思いだした。料理に失敗した、なんて言ってたが、まさかこの血の跡……。

「放っておけって言ったのに。しつこいね、しー君も」

背後から声が聞こえ、振り返るとドアに寄りかかる流生と目があった。俺を追いかけてきたのか、それともここだとわかっていたのか。

「これ、暁の血なんだろ。あいつが指怪我してたのを見た」

「さぁ、俺は知らない」

「お前がとぼけても、暁に聞けばわかることだ」

「だめ!」

突然流生の顔色が変わり、俺を必死に止めようとしてきた。その変わりように俺も目を見張る。

「駄目、あき君には絶対何も聞かないで…」

「だったらお前がおしえろよ。じゃなきゃお前の言うことなんかきかない」

「……」

流生はしばらくの間黙りこくっていたが、やがてぼそぼそと話し出した。

「俺がここで、あき君を見つけた時は、もう手遅れだったんだ。保健室に連れていこうとしたけど、どうしても嫌だって言うから、仕方なく俺の部屋に…」

「ちょっと待て、手遅れって?」

これ以上は聞くな、と俺の勘が訴えていたが、すべて無視する。流生はきょとんとした顔で最悪の答えを口にした。

「? 気づいてたんじゃないの? あき君がここで、無理矢理犯されたこと」

「っ……」

その瞬間、俺は何も考えられなくなった。真っ暗な場所で、ただ流生の怒りに染まる顔を呆然と見ていることしか出来なかった。



第二章 おわり


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あきゅろす。
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