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しあわせの唄がきこえる
006



「暁ぁ、久々の今日のハグ〜〜」

「……」

ようやく夜勤がなくなった母親に、帰って早々抱き付かれた。酔っぱらっているのかと疑いたくなるようなテンションだが、今日まですれ違い続きでまともに顔をあわせていなかったのだ。俺にとってはラッキーだったが、母親は暁と会えなかったのは相当寂しかったらしい。

「今日は久々に作りおきじゃないもの食べさせたげる。何がいい?」

「え……じゃあ唐揚げ」

「鶏肉買ってないから駄目。トンカツにしましょう。あんた豚肉好きでしょ」

最初から何作るか決めてんだったら聞くなよ。トンカツも好きだからいいけど。

「あら? 暁、何この怪我」

俺の顔の痣を見つけて顔をしかめる母親。ほとんど治りかけているとはいえまだ親の目をごまかすことはできなかった。

「教室でこけて、机にぶつけた」

「ええっ、病院は?」

「保険の先生に見てもらった。すぐ治るって」

「ほんとに? もー、気を付けてよね」

暁が品行方正なおかげか喧嘩したとは夢にも思わないらしい。これが親父ならすぐにバレていただろう。もっともあいつはこの程度の怪我を気にしたりはしないが。


台所に向かう母親の後ろ姿を携帯を見るふりをしながら窺う。元々ここに暁のふりをしてまで来たのは母親の真意を探るためでもあったのに、色々やっかいなことがありすぎてそれどころではなくなってしまっていた。

「なあ、ちょっと聞きたいことあるんだけど」

「んー? なにー?」

「ちょっと前にも、俺が…友達んところ泊まったことあったよな? 3日くらい」

こんなことをわざわざ母親に聞いたのは、蒼井の話に納得できなかったからだ。熱が出たから流生に看病してもらったなんて、その間母親は何をしていたのかということになる。帰れないほど悪いなら迎えに行けばいいのだし、何よりいくら仲がいいとはいえ学校休ませてまで流生に看病させるなんて暁らしくない。
これには絶対に嘘が混じっている。どこが嘘で誰がついた嘘かはわからないが、俺は確信していた。

「あー流生君んとこ? 確か5日くらい帰ってこなかったんじゃなかった? 二人で勉強するとか言ってたけど絶対遊んでたでしょ、あの時」

……やっぱり看病してたというのは嘘だったのか。いや具体的には何が嘘かはまだわからない。5日ということは、土日をはさんでいたということか?

「勉強だって、言ってたっけ」

「ほらー、やっぱり遊んでたんじゃない。でも別にいいのよ、わかってたから。だいたい中間終わったばっかだったのに何のテストがあるんだっつーの」

中間考査が終わったばかり、ということは俺が暁と入れ替わるほんの少し前だ。後々影響が出ないようにテストを避けたのだから当然だが。

「で、それがどうかしたの?」

「…いや、何でもない」

「何それ、気になるー」

母親の視線からふいと目をそらし、俺は暁のこれまでの行動を考えていた。暁は嘘をついてまで、家に帰らず学校にも行かなかった。まず考えられる理由は怪我だ。俺もおなじ理由で母親を避けていたから。
だがそんなに酷い怪我が五日で治るものだろうか。俺だってまだ羽生に殴られたアザが残っているというのに。それにもしこれが二度目ならさすがに母親だってしつこく問い詰めてくるはずだ。

…いや、待てよ。そういえば暁と久しぶりに会ったとき、やけに厚着で店内は暑かったのに脱ごうとも、袖をまくろうともしなかった。見える部分は何もなくとも、服の下はわからない。

「あいつ、もしかして…」

俺は自分の部屋に戻ると、すぐに藤貴に電話をした。奴はすぐに出てくれた。

『…なんだよ』

「藤貴、頼みがある。暁が近くにいるならさりげなく離れろ」

俺は状況を説明して藤貴に暁の身体を調べる様に言った。学校を休まなければならない程の怪我なら、まだどこかに怪我の痕が残っている可能性が高い。藤貴に確認させればすぐにわかることだ。

『やんのはいいけど俺それどうやって見ればいいんだ? 押さえ付けて無理矢理脱がすのか?』

「風呂入るときにでも覗きに行けよ。なんなら一緒に入れば」

『それやって俺達の関係が気まずくなったらどうする…』

「知るか」

だいたいもうすぐ終わる関係なのだ。暁と藤貴が親しくなりすぎるのはあまり歓迎できない。少なくとも俺以上には。

『にしても、本当に暁は怪我させられたのか? 相手は?』

「あくまで俺が疑ってるだけ、今の段階じゃあな。暁には余計なこと聞くなよ」

『もしそれが当たってるなら、相手は羽生じゃないのか。それかその仲間』

「…何でそう思うんだよ」

『言ったろ、最初暁俺らにすげービビってたって。普通の生徒の反応だと思って気にしてなかったけど、暁は羽生のとこに一人で乗り込むくらい肝が据わってるような奴だ。今更俺らなんかにビビるなんておかしいじゃんか』

「……」

確かに藤貴の言う通り、あの暁が不良に、それも俺の仲間にビクビクするなんてありえない。どうして今まで気がつかなかったんだ。

「そう、だな。明日、流生を問い詰めてみる。話してくれるかわかんねーけど」

『頼む、また連絡してくれ』


藤貴との電話の後、俺はしばらく放心していた。暁のことなんて、どうでもいい。そうやって放置していればいいとは思う。暁も何も言わないってことは、関わって欲しくないからだ。

「何してんだろ、俺…」

ここに来てからこればかりだ。別にあいつがどんな目に遭っていようと俺には関係ないのに。単に暁が生意気に秘密にしてるってのが気に入らないのかもしれないが、ここにきて俺は暁にも自分にも苛ついていた。


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