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しあわせの唄がきこえる
005


その後も俺はよく羽生たちの集まりに参加させられ、あの場所に呼び出されていた。他の奴らは俺の存在を認めていなかったが、羽生と諫早が受け入れてしまえば文句のつけようがない。それになぜか俺は羽生のセフレだとなんとなくバレているらしく、表立って何か言われたりはしなかったが、一人の仲間として認められる存在には程遠かった。

このままでは桃吾の耳にはいるのも時間の問題だとヒヤヒヤしていたが、羽生たちのたまり場となっているこの場所に普通の生徒はまずやってこないためか、桃吾が気づく様子はまるでない。羽生の手下達も俺みたいな普通の奴と仲間だなんて知られたくなくて隠しているのだろう。

羽生も一応約束は守ってくれたので、とっくに俺への関心はなくなったものと桃吾は思っているはずだ。現に今でも校門まで見送ってくれるがそこにもう友達はいない。その後こそこそ羽生のもとへ通っているのだから申し訳なくもなったが、仕方ないと割り切っていた。


俺はといえば、あれからも羽生の弱点を見つけられずただ流されるように毎日を過ごしていた。けれど約束の1ヶ月が近づいてきてようやく焦り始めた頃、俺は見知らぬ男から声をかけられた。



「立川君!」

休み時間、トイレに行くために教室から出た俺の名前を呼んだのは、やけに爽やかな優等生っぽい男だった。もちろん見覚えはない。

「あー、良かった捕まって、教室じゃ流生に邪魔されるから。いま話してもいい?」

「いい、けど…」

誰だコイツ誰だコイツ、と頭の中の情報を頼りに必死に考える。この気安さからいってほぼ間違いなく知り合い以上だ。暁は少しでも関わりのある生徒のことは細かくおしえてれた。でも避けられていたせいか人数は多くない。

「ちょっと、こっち来て」

その男は俺を廊下に引っ張り、誰にも聞かれないような声を出す。その頃には、相手が誰なのかというのはだいたい見当がついていた。

切れ長の目にスラッとした手足、真面目そうな爽やかな風貌、そして流生の友達であり、暁の相談にものってくれるいい人。同じ2年の蒼井颯介(ソウスケ)だ。

「時間がないから単刀直入に言うけど、僕の友達が、立川君と諫早先輩が話してるのを見たって。もしかしてまだあの人達と繋がりがあるの?」

「え」

確かに諫早とは話しかけられれば人前でも普通に話す。あいつは不良っぽくないからあまり気にもしていなかった。

「話すっていうか、諫早先輩とは、まぁ…」

「気を付けなきゃ駄目だって始めに言ったじゃないか。諫早先輩は怖い人じゃないからいいけど、その後ろについてる奴らに目をつけられたらどうするんだよ」

真面目に怒られて俺はなんと返せばいいのかわからなかった。暁によれば蒼井とはたまに話す程度でクラスも違うしそこまで親密ではないと思っていたのだが、なぜそこまで親身に心配してくれるのか。

「…流生の奴も、何故か最近あんまり立川君と一緒にいないっていうか、興味が薄れてきたんじゃないかって思うこともあるし、心配なんだ」

「?」

聞いていた話では、蒼井君は流生の友達だが何故か流生と仲良くなりすぎることには反対してたんじゃなかっただろうか。どうして、奴の興味が俺からなくなると心配なのだろう。

「あの、大丈夫だよ。流生とは前ほどじゃないかもしれないけど一緒にいるし、普通に仲良いから。俺達、友達だし…」

変な誤解をされていては困ると言い訳っぽく説明すると、蒼井颯介はしばらく考え込んでいた。そしてすぐに笑顔を作って、申し訳なさそうに謝った。

「そうだよね、なんか…ごめん。僕悪い方にばっかり考えちゃう癖があって。最初あんなことがあったから、つい神経質になってお節介しすぎた」

最初のあんなことってなんだ。暁からは何も聞いてない。でも今はこいつに聞きたくても聞けないのだ。あとで暁を問い詰めよう。

「だいたい僕なんかほとんど一緒にいないのに、ずっと側にいる流生にとやかくいう資格もないよね。流生はずっと、立川君のこと…」

「俺のこと?」

「あ、いや、ずっと大事にしてたなぁって思って。ほら、立川君が熱で3日も学校休んだとき、付きっきりで看病してたじゃん。自分も学校休んでさ」

「えっ、流生俺んち来たの!?」

「へ? いや、流生の部屋に立川君が泊まったんだろ? お母さんが仕事で帰れないからって…え、あれ?」

「あーー、うん。そうだったそうだった!」

あっぶねぇ…! びっくりして失言しちまった。慌てて誤魔化したが蒼井はまだ不思議そうな顔をしている。

「あのとき、流生となんかあった?」

「え、何かって?」

「だって、三日ぶりに登校したとき、すごく体調悪そうだったじゃんか。立川君は病み上がりだから仕方ないけど、何か流生まで暗い…っていうか機嫌悪かったし」

「そ、そうだっけ? まあ流生も俺の看病で疲れたんだろ。あのときは迷惑かけちまったからさー」

ははは、と大袈裟に笑う俺に蒼井もつられて笑う。何かおかしなことを口走っていないかドキドキしていた俺に、奴は心臓に悪いことを口にした。

「なんか、立川君ちょっと変わった?」

「え、な、何が?」

「明るくなったよね、すっごく」

「……え?」

「なったってよりは、元に戻ったっていうか……ってもうこんな時間!? ごめん、僕もう行かなきゃ。次理科室で実験なんだ。ほんと、この学校無駄に広いから困るんだよね」

「あ、うん…」

「ほんとにごめん! また時間あるときに話そう!」







蒼井颯介が行ってしまった後、俺は彼が言っていた事を考えていた。俺と暁を比べて、俺のが明るいなんて言われたことがない。いや、今の俺が明るく見えるのはあいつの真似をしているからだ。でもここにいた暁はそうじゃなかった。親が離婚して、家族がバラバラになった時でさえ人前では明るく振る舞っていたあいつが、この学校ではそうではなかったのだ。

俺が思っていた以上に、ここでの虐めは酷かったのだろうか。それとも、崎谷一成とのことか。ここで一番関係が深かったといっても間違いではないだろうに、暁は頑なに奴とどんな時間を過ごしたのかは話してくれなかった。ただ別れたい、そう言うだけで。

思えば、ずっと暁はおかしかった様な気がする。俺のこんな頼みを聞いた時点でまずおかしい。俺は自分のことで精一杯で、あいつのことなんてどうでも良かったから今まで気づかなかった。あのときだって、いつものテンションで俺と話していたけど、ほんとは無理していたのかもしれない。あいつはいつだって、俺の前では何があっても平気な顔して、兄貴ぶる男なのだ。

「…あ、れ……?」

何かがおかしい、俺は大事なことを見逃している。一度それに気づいてしまえば、もう自分の思い過ごしだと忘れることはできなかった。


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