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しあわせの唄がきこえる
003


やることやった後の俺達は普段特に会話もなく、シャワーだけ借りて出ていくのだが、この日は少し違った。風呂を借りようとベッドから這い出ようとした俺に羽生が声をかけたのだ。


「お前って、元々男が好きなわけ?」

「……え」

「だって俺にヤられてんのに意外と平気そーだし、崎谷なんかと付き合ってたし、男が好きか、よっぽどマゾかのどっちかだろ」

平気なわけねーだろボケ、と思わず口を滑らせそうになったが、確かにウブでノンケな暁君にしては俺の態度は平然としすぎている。もっとこう、羽生を見たら失神するぐらいじゃないと駄目だったかもしれない。

「別に、男が好きってわけじゃないです…。もちろんマゾでもないですし」

真っ赤な嘘である。俺は男好きだし、どちらかというとMだ。いやでもこの場合、暁のことを言っているのだからあながち嘘でもないか。

「でも崎谷先輩は、何か、別っていうか…。何で付き合ってたのかって訊かれると、自分でもよくわかないんですけど」

ほんとによくわからないんだから仕方ない。もう少し二人の馴れ初めについて聞いておけば良かった。何だかよくわからないうちに付き合うことになっていた、などと暁は言っていたが、ノンケでそんなことあるのだろうか。それともやっぱり男とは付き合えない、と目が覚めたからこそ別れたのだろうが、

「…それももう、全部終わった話ですから」

「噂では、お前の浮気が原因だとか聞いたぜ」

「はああ?」

奴の言葉にしおらしい演技も忘れて変な顔で聞き返してしまう。羽生も何を今更驚いてんだ、という表情だったので、その噂は暁も知っているのかもしれない。

「確か二年の遠藤とかいう奴と二股かけてたって……その反応見ると、誤解みてーだけどよ」

「………ご、誤解です」

遠藤って遠藤流生のことだよな。あいつと二股って、なんじゃそれは。俺ももしかしてこいつらデキてたんじゃね? なんて思ったこともあったが、流生も否定してたし暁だってそんな器用なことできるタイプじゃない。おそらくあまりにも流生がベタベタしてるから勘違いされたってとこだろう。ただでさえ暁は敵が多いみたいだし。

「崎谷は誤解とは思ってくれなかったってわけか。ま、あの人間不信じゃ仕方ねーわ」

そうか、それで暁と崎谷は別れたのか。男とは付き合えないと実感していた矢先、浮気疑惑をかけられちゃ無理もない。

「でも、これでいいんです。崎谷先輩との関係は俺にとって、憧れの延長みたいなものでしたから。どうせこうなるなら、最初から羽生さんだけを追いかけていれば良かったのかもしれません」

羽生と崎谷一成との出会いは暁から簡単にだが聞いている。俺の目下の目的は羽生の弱味を握り暁が戻って来られる状態にすることだが、そのためには奴を油断させなければならない。ガードの固そうな男だと思っていたが、意外と暁の前では隙を見せる。ならばこっちが歩み寄ってやればいいだけの話だ。

「立川……」

「暁、って呼んでください羽生さん。その方が落ち着きます」

再び奴のお気に入りの手を握り、弱々しい笑みを浮かべる。羽生みたいな男が暁に本気になることはないかもしれないが、セフレとしてでもかなり気に入ってるのは確かだ。油断する程度には心を許してくれなくては困る。

「暁、そんな可愛く言っても崎谷の前で俺に乗り換えたふりするって約束は守ってもらうからな」

「……」

可愛くって何だ、色仕掛けが通じているのかいないのかわからない奴だ。だが確かに奴とはそんな約束をしていた。俺は崎谷一成なんてどうでもいいから別に構わないが、もしバレたら暁が黙っていない。羽生とやってしまったこと、崎谷を傷つけたこと、あいつはどちらに怒るのだろう。

「…ん」

悩むあまり黙り混んでしまった俺に羽生が突然口づけてきた。驚きつつもされるがままになっていたら、そのまま再び押し倒される。服は脱いだままなのでもう1ラウンドに入ってもおかしくない状況だったが、そこで邪魔が入った。

「失礼します羽生さん! ご指示通り、麓のコンビニ限定柚子はちみつレモンです! ダッシュで買ってき…まし、た……」

突然息を切らして部屋に入ってきた男は、ベッドの上の俺達を見て固まる。そしてみるみるうちに顔が真っ青になり、片手に持っていたレジ袋を落として叫んだ。

「うぇええええ?! 立川君じゃないですか! 何で羽生さんと、何をやってるんですかぁああ!!」

「うるせぇ諫早、黙らねえとぶっ殺すぞ」

「ひいぃい!」

ぎゃーぎゃー叫んでいたのに羽生の一言に怯み男はすぐに口を閉じる。確か今、羽生が諫早と呼んだか。その名前には聞き覚えがある。諫早瑞季、数少ない暁と関わりのある先輩、羽生の手下だ。

「てめぇ、ほんと空気読まねぇタイミングだな」

「ううっ、羽生さんがすぐに買って持ってこいって言ったのに……」

「おせーんだよ、ボケ。頼んだことも忘れてたっつーの」

そういいながらもパシり諫早が買ってきたはちみつレモンを一気飲みする羽生。おかげでもう一度やらなくてもよさそうな雰囲気なのでほっとした。今度こそシャワーを借りようとバスタブに向かう俺に、泣きそうな諫早がついてきた。

「何やってるんですか立川君! 羽生さんと、いつからそんな関係なんですか!」

「え、と。割りと最近……」

「あ゛ー! もう知らない! 僕は助けられませんからね! あれだけ忠告したのに!」

諫早はまるで我が事の様に嘆いて頭を抱えながら項垂れている。羽生の手下だがビビりで優しい、という暁の情報は的確だった。一人ストレスでハゲそうなくらい悩む諫早に申し訳ないと思いつつ、俺はのんびりとバスルームに入った。


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あきゅろす。
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