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しあわせの唄がきこえる
003


「桃吾? 何なんだ、その人達」

「あ、こいつら? 俺の部活仲間! 今日から暁を皆と見送ることにしたから」

「……は?」

桃吾の前でみっともなく泣いてしまった日の放課後、帰ろうとする俺の前に五人の背の高い男達を引き連れた桃吾が現れた。わざわざ迎えに来たこと自体驚きなのに、奴の言葉には開いた口がふさがらなかった。

「お前が羽生誠に絡まれないように、警護するっていってんの。俺だけじゃ心許ないしさ、こいつらに頼んだら一緒にやってくれるって」

「いや、でも」

「大丈夫、羽生とのこと、詳しくは話してねぇよ。奴に目ぇつけられたってことぐらいしか」

ぼそっと小さい声で耳打ちされて、そういう問題じゃないとつっこみたくなる。戸惑う俺にバスケ部らしい男達が明るく声をかけてきた。

「立川暁君だっけ? よりによってあの羽生誠に標的にされるなんてついてねぇよなぁ」

「何やらかしたんだよー。まさかあいつの女とっちゃったとか?」

「正直羽生誠は恐いけど、これだけ人数いれば大丈夫だろ。桃吾の友達のためなら仕方ねぇ」

「……」

どう見ても彼らはスポーツマンらしく筋肉はついていても、喧嘩して羽生に勝つなどできそうにない。暁と仲良かったわけでもないだろうに、それでも桃吾の友達だからという理由で危険をおかしてまで俺を守ろうとしてくれている。

「な、言ったろ。俺がなんとかするって」

「……っ」

そう言った桃吾の笑顔に、俺はまたしてもあてられてしまう。心を掴まれて、もうどこにも逃げられない。

「なんだよ桃吾、やんのはお前だけじゃねーだろ! えらそーにしてんなよ!」

「てかまさかお前、立川君に惚れてるとかじゃねえよな」

「マジ? うちのクラスからホモ誕生?」

「馬鹿! 俺と暁は幼馴染みで親友だって言ったろ!」

「怒るとこが益々怪しいー」

冗談っぽく騒ぎだす桃吾達に俺は完全に置いてきぼりをくらっていた。彼らの普段からの仲の良さを目の当たりにして、いらない嫉妬をしてしまいそうだった。

「でも立川君ってあの理事長の孫と付き合ってたんだろ? ってことは男もいけるってことじゃん? 案外お前の事──」

「いい加減にしろよ、だからって俺と崎谷先輩は違うだろ。変に茶化すな。好きになんのに男とか女とか関係ねぇよ」

桃吾のその言葉に俺はハッとする。昔、俺のことを気持ち悪いと言った桃吾はもうどこにもいなかった。本心ではどう思っているのかわからない。でも、桃吾はもう子供ではないのだ。分別はわきまえている。

「……ありがとう。これから、よろしくお願いします」

彼らの好意に、俺は頭を下げた。本当は、一人で羽生に立ち向かうのは怖かった。ここに来た時から、もう助けてくれる仲間はいない。別にそれでも平気だと思っていた。でも、そうじゃなかった。それが今回のことで身に染みてよくわかった。

「いいってことよ。あ、その代わり勉強とか、良かったらちょっとおしえてくんない?」

「それいいな。うちのクラスアホばっかでさぁ」

「お前ら暁に何頼んでんだよ……。暁、気にしなくていいから。行こうぜ。バスの時間大丈夫か?」

「……うん」

俺はクラスメートから痛いぐらいの視線を受けながら、桃吾達と共に教室を出た。平均身長が高いせいなのか、廊下を歩くだけで好奇の的になる。通りすがりの生徒達がかなりじろじろ見ていきたが、桃吾含め全員特に気にもしていない。俺はといえばこっちに来てから誰かと下校する事がなかったし、それに守られるなんて経験はないためどうにも落ち着かなかった。

「おい、立川」

桃吾の横についてどぎまぎしながら歩いていると、怒り浸透といった感じの低い声が背後から聞こえた。立ち止まる俺たちの目の前にはあの羽生誠が立っており、苛ついた様子で俺を睨んでいた。

「どこ行くんだよ、立川。まさか帰る気じゃねえよなぁ? あ?」

「……」

桃吾達よりもずっと高い身長、制服の上からでもわかる鍛えた身体。赤い髪にゴツいピアス。そして高校生とは思えない形相。少しでも奴の気に入らない事を言えば一瞬でぶっ飛ばされそうだ。不良オーラ全開の羽生に、俺以外の奴らは全員言葉を失っていた。こんなの絶対勝てっこない、そう顔に書いてある。

「来い」

行きたくない、と思ったが今の俺に拒否するすべはない。桃吾達はすっかりビビって身動き一つ取れていない。けれど一歩足を踏み出した俺の手を、桃吾がすぐさま掴んで引き戻した。

「桃、吾…!?」

「行く必要なんかねぇよ、さがってろ」

俺を庇うように前に出て、羽生の前に立ち塞がる幼馴染み。それにキレたのは羽生だ。

「は? なんだテメェ」

ずかずかと桃吾に近づき、値踏みするような目付きで見ていたかと思うと馬鹿にしたように鼻で笑った。二人の力量差は歴然としている。俺が羽生の立場でも同じ様に笑っただろう。けれど桃吾は全然負けていなかった。

「羽生誠、もう二度と暁には近づくな、関わるな。いや、俺が二度と近寄らせたりしない」

「はあ?」

桃吾の恐いもの知らずさには身震いさせられる。暁は羽生のこと、とにかく短気で怒りっぽいと言っていた。よりにもよってその羽生誠にそんな口の聞き方するなんて。いや、桃吾が俺のために(厳密に言えば暁のためだが)、羽生に立ち向かってくれるのは嬉しい。けどいつ奴に殴られるかと思うと気が気じゃなかった。

「お前、俺が誰だかわかっててそんな口の聞き方してんのか」

「もちろんだよ、羽生誠先輩。それに俺じゃあんたに勝てないって事もわかってる。でも、俺はやらなきゃいけない。あんたから、友達を守らなきゃいけないんだ。あんたが暁を諦めるまで、ずっと」

俺の手を掴む桃吾の力がいっそう強くなる。彼の言葉は嬉しかったが羽生の眉間の皺がどんどん深くなっていくのを見て、俺は桃吾の影に隠れながらあいている方の手で携帯を操作し急いで羽生誠にメールを送った。奴の携帯はすぐに音をならし、羽生はすぐさまそれを確認する。そして苦虫を噛み潰した様な表情で俺を見た。

「おいどうした、何の騒ぎだ」

羽生がしばらく黙っていると、人だかりに気づいた教師が何事かと近づいてきた。さすがに教師の前で乱闘はまずいと思ったのか、羽生は忌々しそうに舌打ちしてから俺達に背を向けた。

「……っと、うわー恐かったぁ」

羽生の姿が消えて、桃吾はほっとしたように肩の力を抜く。他の奴らも金縛りが解けたみたいに口々に話し始めた。

「いや、桃吾お前すげーよ。俺なんか何も言い返せなかったもん」

「あんな近くで見たの初めてだけど、あれマジで高校生? てか同じ人間?」

「桃吾ぶっ殺されるかとヒヤヒヤしたけど、やっぱいくらあの人でもこんな人目につくとこで殴ったりしねぇよな。あー良かった。一応、これって作戦成功じゃねえ?」

興奮気味にしゃべり続ける友人達に相槌をうちつつ、俺に大丈夫かと耳元で囁いてくる桃吾。奴の言葉に頷きながらも、俺はすっかり羽生誠のことに気をとられていた。


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