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しあわせの唄がきこえる
002


次の日、俺は怪我した顔を付け焼き刃の手当てをした状態で登校した。普段から悪目立ちしていたせいか、俺の顔を見た生徒達はどよめいていたが気にしてない風を装った。
母親にはもう少し腫れが引くまで会わない方がいいだろうと思い、しばらく泊まることをメールで伝えた。さすがに連日の外泊にはちょっとばかり怒られたが、出された課題を終わらせたいからと頼み込んで押しきった。



「あき君、今日は行くのやめなよ」

昼休み、普段以上に俺に張り付いていた流生がクラスを出ようとしていた俺にそう言った。相当俺、というより暁を心配しているらしく掴んだ袖を放そうとしない。

「ヘーキだって。お前、俺が簡単にやられると思ってんなよ」

「それが駄目なんだって。本当のあき君は、喧嘩なんかできないんだから。ややこしいこと、しないで」

「大丈夫だっつーの、俺は手ぇ出さないから」

それは入れ替わり生活をしていく中で、暁からきつく言われた事でもある。今のところそれを従順に守っている俺は誉められてしかるべきだ。
流生の手を振り払い、これ以上とやかく言われる前にと俺は教室を出た。

「気をつけてね! 約束、したからね!」

後ろから聞こえる声に、返事がわりに手を振っておく。確かに流生の言う通り、こんな怪我をした暁を見れば苛めてた奴らに火をつける事になるかもしれないし、羽生にもどこで遭遇するかわからない。今のところ奴からは何の連絡も来ていないが、このままで済むはずはないだろう。

それでも俺は、昼休みに桃吾に会うことはやめなかった。もちろんその為にこの学校に通っているせいもあるが、俺には作戦があったのだ。

「桃吾!」

最近ようやくまともに顔を見て話すことができるようになった幼馴染みの名前を呼ぶ。奴はいつも通り、中庭で俺を待っていた。

「暁おせーぞ……ってお前、なんだよその顔!」

俺の怪我を見た桃吾は、案の定青い顔をして詰めよってくる。俺はまあまあと奴を宥めながら、いつも通り隣に座った。

「別に、何でもないって。気にすんな」

「気になるに決まってんだろ! どうしたんだよ、これ。ちゃんと説明しろよ」

「いや、だからほんと、たいしたことないから」

言葉を濁して誤魔化す俺に、桃吾はさらに険しい表情で問い詰めてくる。奴の性格上、これは想定内、計画通りだ。

「暁! ほんとのこと言わねーと、いい加減怒るぞ!」

「……」

後ろめたい事を隠すように目を伏せる。桃吾がさらにキツイ口調で俺を責めようとした時、俺はわざと重くさせた口を開いた。

「……昨日、殴られたんだよ」

「はぁ!? 誰に!?」

「……羽生、誠」

「なっ」

俺の言葉に絶句する桃吾。奴の悪名は桃吾も知るところらしい。

「なんで、あいつに?」

「知らねえよ、俺が前にしつこく付きまとってたこと根に持ってたんじゃねえの。今は崎谷先輩っつー盾もないし、チャンスだと思ったんだろ」

「そんな……」

桃吾が俺の腫れた顔に触れ、じっと見つめてくる。奴の視線に耐えられず、つい目をそらしてしまった。

「いきなり殴りかかってきたのか? あの野郎、なんて奴だ……」

「そうだ、けど。それだけじゃなくて」

「?」

「俺、いきなり押し倒されて脱がされそうになった。あいつ、俺を女みたいに、無理矢理…。だから死に物狂いで抵抗したんだ。これは、そん時の傷」

言葉をわざと震わせて、視線も泳がせる。この話をしたのはもちろんわざとだ。

「なんとか逃げられたから、良かったけどさ。あいつにヤられるくらいなら、こんな傷なんでもねぇよ。でも、やっぱり、なんだな。いくら男と付き合った経験があるからって、男にやられそうになるなんて、ショックで……」

俺の目的、それは桃吾に暁を男の親友としてではなく、守るべき存在だと認識させることだ。このまま何の色気もないままでは、いつまでたってもこの関係は発展しない。暁は男の性欲という名の恋愛対象になりうるという事を、こいつにわからせるにはこれが手っ取り早いのだ。羽生にやられたのは計算外だったが、それを利用しない手はない。

「男のくせに、俺、情けないよな。こんな話して、お前には嫌な思いさせたかもしんねぇけど、やっぱり怖くて……」

それ以上、言葉を続けることはできなかった。ちらりと見上げた桃吾の目は真っ赤で、その大きな目からはぼろぼろと涙を流していたのだから。

「と、桃吾!? どうしたんだよ!」

「だって、そんな、お前がそんな目にあってたなんて……俺、どうしたらいいんだよ……っ」

「どうしたらって、何でお前が泣くわけ?」

「わかんねぇよ! でも、俺のせいだろ。こんな学校にさえ来なかったら、お前がそんな目にあうこともなかった。ちゃんと俺が、ここがどんな酷いところか説明してりゃ……くそっ!」

「……」

ちょっと暁を意識してくれりゃあいいなー、と軽い気持ちで話した訳だが、俺はどうやら桃吾という男をわかっていなかったらしい。なんとなく後ろめたいものを感じながら俺は奴を宥めに入った。

「ここに来たのは俺の意思だ。それに、今は俺だってここの危険性はよくわかってる。まさか、自分がその対象になるとは思ってなかったけどさ。油断してたのは俺の責任なんだし、何もお前が気に病む必要は……」

「でも、俺はちゃんと注意しとくべきだった。暁以上に、俺が気をつけなきゃならなかったんだ」

顔をぐしゃぐしゃにしながらみっともなく喚く桃吾。何を大袈裟な事を言ってるんだ、こいつは。どうにもめんどくさい。やっぱり傷ついたふりはやめておこう。

「もういいって、俺は平気だから」

「なんでだよ、そんなことされて、平気な奴なんていないだろ」

「でも、俺は大丈夫なんだ。お前とは違うし、あんなの犬に噛まれたと思えば何でもない」

「嘘つくなよ! ここまで言っといて、どうして誤魔化すんだよ」

「誤魔化してないし嘘だってついてねぇ! もういいから、この話は終わり。これ以上とやかく言うな。別に思い詰めたりなんかしてないし」

「だったら、何でお前そんな顔してんだよ」

「そんな顔?」

「泣きそうな顔」

「は?」

泣きそう? 誰が? まさか俺が?

「何言ってんだよ、泣きそうって。泣くわけねぇだろ、何でこんなくだらないことで、俺が」

「暁」

桃吾がそっと俺の目尻を拭う。その瞬間、熱いものが込み上げてきて、視界が滲んだ。

「う、そだろ、何で俺……」

「言ったろ、平気な奴なんかいないって。泣いたっておかしくねぇ。どんな強い奴だって、そんなすぐに立ち直れるもんか」

自分の涙に驚くばかりの俺の手を桃吾が優しく握り締めていた。昨日の保健室で、羽生にされたことがフラッシュバックする。痛かったし、何より惨めだった。喧嘩では負けなしの俺がろくな抵抗もできず、知らない男に犯された。泣いたって喚いたってやめてくれなかった。でも、そんなことなんでもないって思ってた。

「頼むから、一人で耐えたりしないでくれ。俺が、お前を必ず助けるから」

ああ、なんだ俺、傷ついてたのか。そしてその事に、気づいてもいなかったのか。

「でも、逃げられて良かった。それだけ、本当に良かった」

「……うん」

本当は、ちっとも無事じゃなかったけど。それは絶対に言えない。

一度流れ出した涙は、簡単には止められなかった。ギリギリのところで無意識に堪えて抑え込んでいた感情が、一気に爆発して自分でもどうしようもなかった。

「ほんと、今更なんで……」

「大丈夫だ、暁。もう二度と、羽生誠には近づかせないから」

それから桃吾はずっと、涙を流し続ける俺に声をかけ続けていた。俺を泣き止ませようと頑張っていたみたいだったが、奴に優しくされればされるほど、俺は自分の惨めさを思い知らされていた。


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