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しあわせの唄がきこえる
嘆き


ようやく奴のお遊びが終わった時には、俺はまともに動くこともできなかった。気絶こそしなかったが身体のあらゆるところが痛い。用が終わればさっさと立ち去るか追い出されると思いきや、羽生は乱れた制服を整えると、俺の拘束を解いて携帯をまさぐりながら椅子に座っていた。

「っ……」

身体を労りながら少しずつ上体を起こす。すぐにでもここから離れくて、放り出されていた制服に足を通そうとするもなかなかうまくいかない。ボロボロになった制服をなんとか身に纏いようやく出ていこう思った矢先、羽生に声をかけられた。

「おい、携帯よこせ」

「……は?」

「携帯、持ってんだろ。さっさと出せ」

抵抗してもいいことはないのがわかりきっているので、素直に自分の携帯を差し出す。壊されたらどうしようかと思っていたが奴は俺の携帯をささっと操作してすぐに投げ返した。

「ほらよ」

「うわっ」

床に落ちるギリギリのところでなんとかキャッチする。身体の痛みに顔をしかめていると羽生が口角をあげてバカにしたように笑った。

「立川、俺が連絡したらすぐに飛んでこい。いいな?」

「えー…?」

「なかなか具合が良かったからな。気に入ったぜ、お前のこと。俺に憧れてたんだろ? 入れてやるよ、仲間に」

「……」

どう考えても、それは不良としてのお誘いじゃないだろう。確実に暁の身体が目当てだ。

「もうオメーにうるさく言う彼氏はいねぇんだから、問題ねーよな。あ?」

「……」

あくまで俺の想像だが、羽生は暁ではなく崎谷の方に相当な敵対心を持っているようだ。コンプレックスと言い換えた方がいいかもしれない。そして崎谷のモノだった暁を手に入れ好き勝手扱うことで、自分の心を満たそうとしている。現に今の奴は、暁を好き放題できてかなりの上機嫌に見えた。

「いいだろ、別に。崎谷には黙っといてやるからさ」

崎谷に話してしまった方がダメージを与えられるんじゃ、とは思ったがバラされて困るのは俺なわけで。しかしここで嫌だといえばどうなるのか、俺を脅して無理矢理従わせる方法なんていくらでもある。こいつがどういう奴かなんて、今の俺には情報が少なすぎて判断できそうにない。だが崎谷に今回の事がバレれば、奴は暁に接触しようとするはずだ。崎谷なら当然知っているであろう本当の番号に電話されたら、暁本人にまで話が届いてしまう。そうなれば俺の計画は確実にご破算だ。それだけは絶対に阻止しなければならない。

「……わかりました。全部、先輩の言うとおりにします」

半ば諦めに近かったが、俺は羽生に従うことにした。後々面倒なことになるのは確実だったが、そんなことを今考えたって仕方ない。こいつを甘く見ていた時点で、もう手遅れだったのだ。

「言ったな立川。これでお前はもう俺の女だ。裏切ったらぶっ殺す、覚えとけよ」

楽しそうな、でも脅すような重い声で羽生は言う。ただでさえうまくいっていなかった学校生活に、また一つ悩みの種が増えた瞬間だった。






その後はもちろんとてもじゃないが授業なんて受けられるわけもなく俺は早退した。といっても派手に怪我してるこんな顔では家に帰れず、俺は流生に電話で頼み泊めてもらうことにした。さっさと風呂に入って身体を洗い流したかったので、すぐ隣にある寮の存在にはすごく助けられた。




「……しー君、なにその顔」

学校から帰ってきた流生は、ソファーでくつろぐ俺の顔を見てかなりびっくりしていた。電話では体調不良としか言ってなかったので、派手に怪我した顔面には面食らったようだ。

「しー君って何? まさか俺のこと?」

「誤魔化さないで。何があったの」

「別に、ちょっと転んだだけだって」

暁信者であるこいつには本当の事はしゃべらない方がいいだろう。全部暁の方にも筒抜けになりそうだ。

「嘘、これ殴られた傷じゃん。誰にやられたの」

「うるせーな誰でもいいだろ」

「しー君、喧嘩強いんじゃなかった?」

「つえーよ! 誰も負けたなんて言ってねぇだろ!」

あんな不意討ち負けたうちにカウントしたくない。そっぽを向いて怒鳴る俺に流生はため息をついた。

「だから、泊めてくれなんて言ったんだね。お母さんにそんな顔、見せらんないから。ちゃんと連絡した?」

「したよ。メール送っただけだけど、駄目とは言わねえから大丈夫」

流生は部屋の棚から救急箱を取り出し、俺の前に膝をつく。そして甲斐甲斐しく手当てし始めた奴に俺はちょっと驚いた。教室でのこいつはいつもお綺麗な面した野郎に囲まれなにかと世話を焼かれているので、怪我の手当てなんて絶対できないしやらないものだと思っていた。

「あんまり、無茶なことしないでよ」

「ああ? 別にお前にとやかく言われる筋合いねえし」

「あるよ。喧嘩ばっかしてたら、あき君が戻ってきたとき、大変なことになるじゃん。無駄に敵、つくんないで」

「……はいはい」

こいつのすべては暁中心でまわっているのかと時々本気で疑いたくなる。俺のことを嫌っているわけではないだろうが、暁に早く帰ってきてほしいのが本音だろう。

「このこと、暁には言うんじゃねぇぞ」

「なんで? ……俺にメリットある?」

こいつ、そのすました面ぶっ飛ばしてやろうか。

「あのなぁ、どうしたって暁は1ヶ月はこっちに帰らねえ。俺がどんな怪我しよーとな。だから無駄に心配かけるより、何も知らせずにいた方がいいんだよ。だいたいこんな程度の怪我で騒いで帰ってくるような兄弟がどこにいんだっての。いくらあいつでもねーわ。小学生のガキかよ」

「……」

言い淀むところを見ると、流生は暁の気持ち悪いブラコンっぷりまでは知らない様だ。口止めしていただけあって俺の事を話題にするのは極力控えていたらしい。現実には、あの鬱陶しい暁なら飛んで帰ってきてもおかしくないわけだが。

「わかった。あき君には黙ってる。心配、させたくないし」

なんとかうまく流生を言いくるめ、聞き分けのいいことを言わせることができた。こんなところで暁に邪魔されるわけにはいかないのだ。



その夜、俺はまた流生の隣で寝る事になったが、言うまでもなく何もなかった。
ここにきてから色んな事がありすぎたが、今日は特に最悪だった。これからどんな目に合うのか考えるのも嫌だ。羽生の奴、ほんとに暁をセフレにする気なのか。奴にあんなことされて、俺にダメージがなかったわけではないが、今さらレイプされただのなんだのと騒ぐ程俺は純情じゃない。ほぼ初対面の相手とだって寝たこともある。合意だったかそうじゃないか、ただそれだけの違いなのだから泣き叫べっていうほうが無理だ。
ただ、俺にはやるべきことがあった。羽生にかまっている暇はない。奴の問題をどう片付けるか、そのことに頭を悩ませなければならないことが今の俺にとっては厄介なことだった。


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あきゅろす。
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