しあわせの唄がきこえる
003
「は?」
まさかの一言に俺は自分のキャラも忘れてガンを飛ばしてしまった。数秒たって、自分の正体が見破られたことに気づき、慌てて剥き出しになりそうだった敵意を引っ込めた。
「なにそれ、何言ってんの流生。俺が俺じゃなかったらいったい誰なんだよ。どこからどう見ても、俺は暁だろうが」
「本物のあき君なら、そんなこと絶対に言わないもん」
「そんなこと?」
「あき君は、俺とやってもいいとか、絶対に言わない」
「……」
はいはい確かにあいつはそんなこと死んでも言わないですね。でもいいじゃん、好きな奴に誘われたらそんな細かいこと気にしないで飛び付くのが男じゃん。しかもそれで俺じゃないって気づくとか、どれだけ純粋だと思われてんだよ暁の奴は。
「あき君の、兄弟さんなの?」
「は!? ちげーよ、何言ってんのお前」
「隠さなくていいよ、俺、知ってるから」
「……何が」
「弟がいるって聞いてたんだ。あき君から」
「は、はあ!?」
あいつ、あれだけ人には言うなっつったのに! なにルームメート相手にペラペラくっちゃべってんだ!
「……っんだよそれ、だったらバレても仕方ねぇじゃねーか。だから余計なこと言うなつったのに……」
「あき君、どこいっちゃったの?」
「あー、あいつね。暁は俺の学校。俺達今入れ替わってんの」
「……いつ帰ってくる?」
「わかんね」
「そっか……」
目に見えてしょんぼりする流生はため息をついて膝を抱え丸くなってしまった。5歳児がやれば可愛い仕草も図体のデカイ男にやられては萎えるだけだ。
「あのさ、お前って、暁のことが好きなんだろ」
「……だったら何?」
「あいつのどこがいいわけ? 顔?」
性格はウザいが、確かに顔だけみればかなり男前だ。暁に会った人間はあっという間に人懐っこくて愛想のいいあいつの虜になってしまう。俺もこの顔のおかげで、身体目当ての男なら簡単に引っ掻けることができている。
どうせこいつもその辺りにころっと引っ掛かったのだろうと思っていたが、流生はちょっと顔を赤らめて、ぼそぼそと呟いた。
「顔も、可愛いけど。中身も可愛いもん、あき君は」
「え〜〜、理解できねぇー。あいつのどこが?」
「いっぱい好きなとこあるよ。純粋なとことか、優しいとことか、弱いとことか」
「弱い…は同意だな」
「あと俺のことが大好きで、俺に従順なとことか」
「好きって、暁は崎谷一成と付き合ってんだろ? まさかお前とヤってたんじゃねえだろうな」
揶揄するようなその言葉に流生はあからさまにむっとした。 口をぎゅっと結んで俺を睨み付けてくる。
「あき君は、身持ちが堅いんだよ。崎谷とだってしてなかったんだ」
「マジで? まあそんなことだろーと思ってたけど」
あの暁がいくらイケメンだろうと男相手にホイホイ身体を許すとは思えない。今時プラトニックなお付きあいとは、あいつらしくて意外性のかけらもないな。
「俺とあき君は仲良しなんだ。崎谷とはもう付き合ってない。だから今、あき君に必要なのは俺だよ。あき君に会いたい」
「あき君には会えません。こんな入れ替わり長く続かないことはわかってんだろ。黙って待ってりゃすぐ戻ってくる。我慢しろ」
「わかってる。けど、早く帰ってこないかな……」
「はいはい、悪かったな暁じゃなくて。謝るからそんな恨みがましい目すんなよ」
指摘されて初めて自分の感情が表に出ていたことに気づいたのか、流生は慌てて険しくなった表情を和らげた。別に怒っていない、とでもいうように穏やかな口調で話を続ける。
「俺、双子だとは知らなかったんだ。弟、とだけきいてたから。あき君にそっくりだね。見ただけじゃわかんないよ。名前、なんていうの?」
「忍。あいつがどんな話したか知らねーけど、忘れてくれていいから」
「あき君、忍君のこといつも褒めてたよ。強くてかっこいい、自慢の弟だって」
嬉々とした表情で暁の言葉を伝えてくるが、俺を褒めている様で実は暁を褒めたいだけだ。弟を大事に思う優しい兄。自分の嫌いなものを褒められるっていうのはあまり気分のいいものではない。そこで俺は悪知恵が働いて、当初の目的を実行することにした。
「なぁ、流生。せっかくなんだから、俺らは俺らで楽しもうぜ」
「?」
すっと流生の首に手を回し、にこりと微笑む。この駄々っ子みたいな奴が男の顔になるところを見てみたい。
「俺のこと、暁だと思ってヤってくれたっていいっつってんの。ずっとそうしたかったんだろ? 俺にはバレバレだからな。なんなら、暁っぽく振る舞ってやってるよ」
疑似体験ではあるが、あの崎谷一成だって出来なかったことを俺ならお前にしてやれる。そしてこっちも欲求不満にならずに済み、俺のことを口止めさせる材料にもなって、一石二鳥だ。
「暁にはできないこと、俺ならしてやれる。俺は、強くて格好いいだけじゃないぜ?」
すぐに押し倒されてもいいように準備していた俺だったが、流生はむっとしてそっぽを向いてしまった。
「いらない……」
「は? なんでだよ。こんな時にいい子ちゃんやってたって意味ねーぞ。なぁ、暁には絶対言わねぇから」
「……本物のあき君じゃないと、意味ないもん」
やけにぐずぐずしてやがると思ったら流生のやつ、少し涙ぐんでいやがった。えええ、マジかよ……。
「おい、何も泣くことないだろ!」
「だって、あき君に会いたい……」
「さっきも言ったろ流生、そのうち帰ってくるって」
「流生って呼ばないで。あき君じゃないくせに」
かっちーん。
駄目だこいついくら顔がいいからってめんどくさすぎる。もうやめたやめた、こいつを利用すんのはやめだ。
「もういい、わかったよ。暁はそのうち戻ってくるから我慢しろ」
「ほんとに? すぐ戻ってくる?」
「ああ、期間限定の入れ替わりって約束だから」
「良かった……。そうだよね、俺がいるのに、戻らないわけないよね」
「……」
こいつ自信があるのかないのか訳のわからん男だ。なんとなーく深入りすると厄介なことになりそうだと俺の勘がいっている。簡単に利用できそうだと踏んでいただけにがっかりだ。
「俺が暁じゃないってことは、絶対黙ってろ。誰にも言うなよ。学校では暁として扱え。おめーがいい子にしてたら、暁も早く帰ってくるかもしれねーしな」
「うん、わかった。誰にも言わないよ」
「よし」
単純で物分かりのいいに流生に安堵しつつ、俺はそっぽを向いて就寝モードに入った。流生にバレたのは想定外だったが、黙ってくれるというのでとりあえずは大丈夫だろう。
そういえば、なぜ俺と暁が入れ替わっているのか、という根本的なことをきかれなかった。よくよく考えれば一番気になるところだと思うのだが、その時の俺は特にそのことを深く考えたりしなかった。
結局、当然ながら俺と流生はその後何事もなく朝までお互いぐっすりと熟睡したのだった。
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