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しあわせの唄がきこえる
005


その日の夜、俺は久々に母親と食卓を囲んでいた。母親はいつも夜遅くまで仕事をしているため意識せずとも顔をあわせる機会は少なかったが、今夜はいつもより帰ってくる時間が早く機嫌も良かった。切り出すなら今しかない。




「明日、流生の部屋に泊まってもいい?」

俺のその言葉に、放り込むように飯を食っていた母親の手が止まった。
遠藤琉生に泊まりに来いと言われ最初は不信感を募らせていた俺だが、奴が暁にとって無害だとわかった今では、むしろ早くお邪魔させてもらいたいくらいだった。母親が流生を知っているかどうかすら知らないが、ここは快く了承してもらいたいものだ。

「ああ、あの流生くんね。別にいいけど、勉強するの?」

あっさり許してくれた母親にちょっと驚く。普通の一人暮らしの家庭ならともかく相手は寮だ。流生のことをそんなにも信用しているのか、もしかすると泊まったことが以前にもあるのかもしれない。

「いや、勉強はわかんないけど、誘われたから」

「ふーん。今度は流生君うちに連れてきなさい。一度見てみたいから」

「……わかった」

母親が会いたいなんて言うということは暁はよっぽど奴のことを話していたのだろうか。まあ、あいつと桃吾ぐらいしか友達がいないのだから仕方ないか。

「ああ、そうだ。今度の日曜、お父さんと会うから」

「え?」

突然の言葉に今度は俺の箸が止まった。混乱する俺に母親は邪気のないとびっきりの笑顔を寄越してきやがった。

「早くみんなで暮らせたらいいわね、暁」













「ってことなんだけどよ。どう思うよ、お前」

『どう思うって言われても』

母親からさらっと言われた一言に動揺しまくった俺は、部屋にこもって藤貴に電話していた。メールでは少しやり取りがあったものの、奴と話すのは俺がこっちにきてから初めてだ。

「本気で言ってんのかな、あれ」

『そりゃ本気だろうよ。再婚に了承してないの忍だけなんだから』

「……」

確かに母親が親父と暁と暮らしたがっているのはわかる。ただその家族のくくりに俺が入っているのかどうかが問題だ。

「……ま、んなこと今気にしたってしょうがねぇしな。当分バレそうにもないし、あいつの本音を聞くのは後回しだ」

『それより、桃吾君にアプローチの方は進んでるわけ?』

「あいつはノンケだから時間がかかる。1ヶ月まるまる使うことになるかも」

『へぇー、百戦錬磨のお前がねぇ』

本当は桃吾相手にはまともに目もあわせられないのだが、それは内緒だ。そんな情けないこと絶対に言えない。

「あ、そうだ暁の奴、俺と入れかわってるって親父にバレてないだろうな。ちょっとでも怪しまれててたら親父がアイツにチクって、全部おしまいだ」

『そんなことなんで俺に聞くんだよ。バレたとは言ってなかったけど、本人に直接きけばいいじゃん』

「あいつと必要以上にしゃべりたくないんだよ知ってるだろ」

電話でだってあいつの声なんかなるべく聞きたくない。話すと疲れるだけだ。そのために藤貴を間に置いたってのもある。

『親父さんは今んとこ大丈夫だろうけど、時間の問題じゃないか? あんまり顔あわせないからバレてないだけで。学校の奴らにはソッコーばれたし』

「…は、あああ!? 初耳だぞそんなの!お前がついてて何でそんなことに」

『俺が悪いんじゃねえよ。暁のやつが……』

「暁だあ?」

ぷちぷちと血管の切れる音がした気がした。いつからお前はうちの片割れを呼び捨てにするようになったんだ。

『なにいらついてんだ。ずっと一緒にいんだから普通だろ。だいたい一般人を不良に溶け込ませるってのが無理あんだよ。暁の奴すっかりビビっちまって、ずっと俺の裾握って俯いてんだからな。そりゃバレねぇ方がおかしい」

「な……んじゃそりゃ」

ずっと藤貴の裾握ってびくびくしてる自分を想像するとかなりシュールだ。むしろ別人だということを周りがわかってくれて喜ぶべきなのかもしれない。

『でも心配いらねーよ。みんな結構受け入れてるから。面白がってんのもあるけど、むしろ暁を守る会なんてものまでできてるぜ。正直、バレてくれた方が色々やりやすい』

「……まあ、あいつはほんとならどこでもうまくやってける奴だからな。そういうことなら、もうお前らでテキトーにやってくれ」

『ほんとならって、やっぱ暁ってそっちでいじめられてんの?』

何気に際どいところをついてくる藤貴に一瞬なんと返せばよいのかわからなかった。俺自身こいつに隠してることなんか思い付かないくらいぶっちゃけた仲だが、こんなにも踏み込んでくる藤貴は初めてかもしれない。いつもは俺の頼みを嫌々ながらも聞いてくれているが、しつこく干渉してきたりしない。それが尾藤忍の右腕、峰(ミネ)藤貴だ。おそらくこれ以上の面倒事がごめんだからなのだろうが、そんな奴が食いついてくるとは、いったいどういう風の吹き回しかね。

「やっぱりって何だよ。暁が何か言ってたのか」

『そうじゃないけど、なんか携帯の着信にいちいちビビるし。たまに真っ青な顔して携帯見てるしさ。理由を聞いてもテキトーにはぐらかしてくる。だから悪質なメールでも送ってこられてんのかと』

「あー、なんかこっち色々ごちゃってて、一応友達はいるみたいだけど、メンドクサイ感じ」

『余計なことすんなよ、忍』

「しねーよ、馬鹿。俺は自分のことで手一杯なの」

『そうじゃなくて、大人しくしてろって意味』

「へいへい」

それからいくつかの確認事項を話し合ってから、俺は藤貴との電話を終わらせた。暁とは結局話さなかった。理由は言わずもがな、俺がかたくなに拒否したのだ。

……もしも兄弟でなければ、俺だって藤貴のように暁とうまくやれたかもしれない。でも俺と暁は双子で、やっぱりあいつといるとどうにも、やるせなくなる。いちいち比べられて、離れたくても暁がそれを許してくれない。俺に対して嫌というほどかまってくる。もう、何もかもうんざりだった。


そして、この藤貴との会話で、まるで喉の奥に小骨が刺さったかのような違和感を俺はまたしても感じていた。だが別のことに集中しすぎていたあまり、俺はまたしてもそのことを深く追及することはなかった。


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