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しあわせの唄がきこえる
004


昼休みの間はずっと桃吾と一緒にいた俺だが、結局手玉にとるどころかまともな話も出来なかった。奴が常に明るく話しかけてくるからなんとか間が持ったが、俺は情けないやらなんやらで休みが終わる頃にはすっかり気力をなくしていた。






桃吾のショックを引きずったまま、午後の体育にのぞんだ俺だったが、当然ながらまるで身が入らない。流生に引っ張られてようやくグラウンドに出たくらいだ。今日は外でテニスをするらしく普段なら体育はかなり楽しみな授業ではあるが、周りが知らない奴、というかむしろ険悪な奴らばかりでまったくやる気が持てなかった。



「あきくん、ひょっとして何かあった?」

「……」

準備体操のため並ばされているとき、名前順のはずなのになぜか俺の真ん前にいる流生が、容赦なく触れられたくないところに立ち入ってきた。朝からずっと一緒にいるがこいつはほんとに暁のことをよく見ている。それはもう怖いくらいに。

そういえば、桃吾は俺の様子がおかしいことに気づきながら、深く追及してくることはなかった。細かいことに頓着しない奴なのかそれとも俺が何も聞くなオーラでも出していたのか。どちらにせよあの時しつこく詰め寄られていたら大変だった。桃吾には酷い醜態を見せてしまったが、きっと今はまだ慣れていないだけだ。時間がたてばきっとすぐにいつもの調子を取り戻しせるはずで……。

「あき君、あき君ってば」

「…え、ああ、悪い。なに?」

「出席番号19番、あき君でしょ。先生に呼ばれてるよ」

「なんで?」

「んー、今日が19日だからじゃない?」

俺が聞いたのはそういうことではないのだが。まぁどうせろくな用じゃないだろと思いながら教師のところに行くと、案の定、面倒くさい雑用を頼まれた。そんなの体育委員にやらせればいいだろと思ったが、今日はたまたま休みで、そのため俺がとばっちりをくらったというわけだ。前の学校じゃ俺に雑用させる教師なんかいなかったのに、一般生徒はこれだからつらい。


「先生、なんて?」

渋い顔で戻ってきた俺に流生があざとく首を傾けながら尋ねてきた。いくら顔が良くても男がやったって可愛くもなんともないぞ、と生粋男好きの俺が心の中で言ってみる。

「なんかラケットとボールとってこいってさ。体育倉庫ってどこだっけ?」

「え」

俺の質問に思わずこちらが目を見張るくらいぎょっとする流生。まるでなにか口にしてはいけないことを、俺が口走ってしまったかのような反応だ。俺、もしかして何かまずいことを言っただろうか。

「あ…じゃあ、俺がとってくるよ。あき君は待ってて」

「は? 何でだよ」

不可解な発言につい強い口調になった俺にビクッとする流生。まるでDV夫にビビる妻みたいな妙な反応だ。まさかこいつを暁が虐げていたなんてことはないだろうし、この態度はいったい何なのだろう。

「ごめん、あき君。じゃあ一緒に…俺も、手伝う」

「?…ああ」

歩き出した流生のあとを追いながら、奴の様子を窺う。流生があからさまに動揺したのは俺が体育倉庫の場所を聞いてからだ。もしかして、倉庫の場所なんて暁なら当然わかることなのだろうか。俺自身、自分の学校の倉庫の場所なんて知らないので普通に尋ねてしまったが、本物の暁ならそれくらいは知っていそうだ。だがもしそうならなぜ流生は俺に尋ねない? 何か理由があるのだろうか。

「ついたよ、あき君。ちょっと待ってて」

「え、おい」

無駄に広い学校は、体育倉庫まででかかった。しかも結構グラウンドからは離れていて奥まった場所にあるため、正確に覚えていなければ迷ってしまいそうだ。流生は着くなり1人でさっさと倉庫に入ってしまい俺は置いてきぼりだ。

「お待たせ、あき君。はい、これで全部」

「あ、ああ」

「じゃあ、すぐ戻ろ」

重いであろうラケットとボールが入ったカゴを軽々と持ちながら出てきた流生は息つく間もなくとっとと歩き出してしまう。俺は心の中で腑に落ちないものを感じながらも、大人しく流生の後を追った。



こいつは、遠藤流生は変だ。いや、変人だとかそういう意味でいってるんじゃない。どうもちぐはぐというか、何か隠しているように見える。かといって俺が暁ではないとバレているようでもない。不気味だ。分からないことがあっても、誰にも訊けないのだからさらに気持ち悪い。


けれど、一つだけ確信していることがある。遠藤流生は暁にとても気を使っているということだ。例えそこに何か裏があったとしても、暁を好いているのはまず間違いないだろう。最初はツラのいい暁の身体目当てだけかと思っていたが、多分こいつは信じていい男だ。例え隠していることがあったとしても暁の、つまり俺の不利益になるようなことはしないはず。しかもちょっと可愛く頼めば、何でもやってくれそうだときている。これほど都合のいい『友達』はいない。

転校早々、いい便利屋が見つかった。俺は遠藤流生の背中を見つめながら1人ほくそ笑んでいた。


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あきゅろす。
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