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しあわせの唄がきこえる
003





暁はいつも、桃吾と中庭で飯を食ってるらしい。むしろそれが唯一、奴と話せる時間でそれ以外はたまにメールをする程度、とのことだ。
ちなみに、入れかわってはいるが俺の携帯は俺が、暁の携帯は暁が持っている。メールや電話がかかってくればそれぞれが対応する。何か連絡事項があればお互いに連絡する、という具合だ。昨日は特に暁から何もなかったから、特に予備知識はいらないだろう。


俺が中庭に出ると、ベンチに腰かける男の姿が見えた。短髪の黒髪、あれがきっと桃吾だ。そろそろ外に出るのが嫌になる時期にこんなとこで飯を食う人間はいない。
ちなみに母親と一緒で、桃吾の今の姿も俺は知らないままだ。まあどんな容姿になっていたって、そんなこと別にどうでもいいわけだが。

「桃吾」

名前を呼ぶと、そいつは俺の声に反応して立ち上がり振り返った。なんだか思っていたよりも、ずっと背が高くなって……。

「暁、遅い」

「っ……」

桃吾の顔を正面からまともに見た瞬間、遠藤流生の時とはまた違った意味で驚愕した。俺は昔、桃吾のことが好きだったわけだが、それはけして見た目がタイプだったとかではなく、奴の素直で明け透けな性格を気に入っていたのだ。昔の桃吾は絵に描いたような鼻垂れ小僧で、年相応の子供らしさしか見た目に現れていなかった。なのに、今目の前にいる男は、俺の好みのタイプまっしぐらの雄々しい男だったのだ。


「……暁? どした?」

服を着ていてもわかる引き締まった身体。よく通る声とかっちりしたガタイと筋肉。一度も染めたことのないような黒い髪に、人良さそうな爽やかな顔立ち。美形、というよりはイケメン。まさに俺の理想ど真ん中を絵に描いたような男が、俺のことをまじまじと見ていた。

「おーいってば、返事しろよ、暁」

突っ立ったまま硬直してしまった俺に、奴が不思議そうに声をかけてくる。……ああ、そうだ。ここですぐに返事をしなければ、不信がられるかもしれない。わかってはいるのに、俺は一歩も動けなかった。
コイツはほんとにあの桃吾なのだろうか。一瞬、確かめたい衝動に駆られたが、それをしたら本当にまずい。すっかりのぼせ上がっていた俺にも、それくらいの理性はあった。

爽やかで利発な好青年、が俺のタイプなわけだが、うちの低偏差値不良高校にそんな男はいない。久々に目の当たりにした理想の男にちょっとあてられただけだと自分に言い聞かせながら、俺はなんとか口を開いた。

「よ、よお」

やっと絞り出した俺の声は、みっともなく掠れていた。桃吾も変に思ったのか整った顔をしかめ、ずずいと顔を近づけてくる。

「変な暁。何か悪いもんでも食ったか?」

「〜〜っ!」

桃吾の顔が間近に迫り、俺は飛び上がって後ずさる。そのおかしな行動に桃吾もいよいよ異常を感じはじめていた。

「…お前、マジで何かあったのか? 顔真っ赤だけど」

ここで、俺はもう限界だった。もう一秒たりとも、桃吾に見られていることに耐えられなかった。

「こんなの、こんなの…」

「?」

「こんなの反則だろーがあああぁっ!」

「お、おいッ」

唖然とする桃吾を置いて、脱兎のごとく走り出す。変に思われるだろうとか、正体がバレるだとかは気にしてられない。後先考えず、俺はとにかく桃吾から逃げ出していた。










混乱して逃げてきてしまった俺は、桃吾から十分離れてからようやく走るのをやめた。その時にはすっかり頭も冷えて、自分のしたことに気が遠くなりそうだった。

「何やってんだよぉ…俺…」

桃吾に復讐するために、そのためにこんな手の込んだことをしているのに、肝心の桃吾とまともに話すこともできないなんて。こんなんじゃ、1ヶ月で桃吾に好きと言わせるなんて絶対無理だ。

とりあえず、置いてきてしまった桃吾にメールをしようと思ったが、携帯は暁が持っている。暁からメールしてもらうことはできるが、いつになるかわからないし謝る理由を何て説明すればいいのやら。今からでも戻ることを考えたが、やはり桃吾の顔は見れなかった。

「………暁!」

「っ…」

そうこうしているうちに、追いかけてきたらしい桃吾に見つかってしまった。まだ心の準備ができてないうちに、奴は俺に詰め寄ってきた。

「何でいきなりどっかいっちゃうんだよ。お前、意味わかんねぇ」

「……ご、ごめん」

とっさに良い言い訳も思い付かず、桃吾の顔を見ることすらかなわない。どう考えても様子のおかしい俺を、きっと桃吾も変に感じているはず。
けれど、あまりの情けなさに落ち込んで自暴自棄になりかけていた俺を見て、なぜか桃吾はふっと表情を柔らかくさせた。


「昼飯、食おうぜ。腹へって死にそうなんだ」

「……え」

てっきり今のは何だと問い詰められると思っていただけに、俺の奇行をあっさりスルーされたのには驚いた。そうこうしているうちに桃吾は拍子抜けして脱力する俺に背を向け歩いていってしまった。

「暁ぁ、早く早く」

まるで何事もなかったかのように俺を手招きする桃吾。昔から変わらない人良さそうな奴の顔と緊張感のない声に、自信をなくしかけていた俺も気がつくとふらふら奴の後についていっていた。


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