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しあわせの唄がきこえる
002





「大丈夫、あき君…?」

なんとか平常心を取り戻した俺が教室に戻ると、隣の席にいた流生が心配そうに顔を覗きこんできた。今度は失敗しないようにと暁っぽい表情を作り、明るく笑顔を返した。

「平気だよ。ありがと、流生」

「ならいいけど。いきなり出ていくから、心配した」

当たり障りのない返事をした俺を流生の方もまったく怪しんでいない様だったが、やはりまったく知らない相手の友人のふりをするのは難しい。いくら暁から相手の情報を聞いていても、実際の距離感なんかはまるでわからないからだ。どこまで踏み込んでいいのか、普段どんな調子で話しているのか。ボロを出しそうで迂闊に話せない。

「外泊の話、ちゃんとおばさんにしといてね」

「え? ああ、うん」

「約束だよ、楽しみにしてるから」

まったく何も感づいていない素振りで、にこにこと笑う流生。とりあえず俺も笑っておいたが、この男相手にいつまで騙せるかわからない。本来ならば一瞬も気の抜けない男だが、逆に隙だらけで接するように努めるのがまた難しい。とりあえず笑顔だけは絶やさないようにしながら、なんとかその場を乗りきった。











その日の昼休み。俺は最後の関門にぶち当たろうとしていた。正直に言ってしまえば、遠藤流生に正体がバレてもたいした問題ではないのだ。だが今から会う人物、町森桃吾にバレればすべてが終わりだ。
幼なじみの桃吾は暁が双子だということも、もちろん俺のことだってよく知っている。遠藤流生の何倍も気づく確率は高いだろう。だが奴もまさか暁と俺がこんなにも似て育ったとは思っていないだろうから、母親の様に気づかない可能性は十分にある。まずいくら双子とはいえ、暁のふりして学校に来るなんて向こうは考えつかないだろう。そこを上手く突くしかない。



俺が母親の本心を知ることを延期してまでこの学校に来た目的、それが桃吾だ。今日までずっと、奴は俺のトラウマだった。

比較的早い頃から、俺は自分の恋愛対象が男だと自覚していた。そして初恋というべき相手が――今となっては思い出したくもないことだが――幼なじみの町森桃吾だったのである。
その時は純情なガキだった俺は桃吾が大好きで、両親の離婚によって引っ越しすることになった時は、あいつと引き離されるのが嫌で散々駄々をこねた。そしてどうせ別れるのなら、と引っ越しの直前、桃吾に好きだと告白した。

……いま思い出しただけでも、なんて馬鹿なことをしたのだろうと、あの時の自分を殴り飛ばしたくなる。当然、桃吾には理解されず、『気持ち悪い』とバッサリ振られた。そしてそれ以来、一度も会っていない。

その時は俺も桃吾も小学生で、辛辣なことを言われても仕方なかったと頭ではわかっている。だが、昔の俺はその一言にかなり傷ついた。その日から気持ち悪いとか、キモいとかそういった言葉を聞くたびに桃吾のことを思い出しては、泣きそうになったくらいだ。さすがに今はもうそんなことはないが、根強く植え付けられた嫌な思いが消えることはなかった。

暁が桃吾と同じ学校に通っていることを知ってから、俺はずっと考えていた。母親の本心を聞き出すために暁のふりをするなら、ついでに少しくらい桃吾に仕返ししてもいいんじゃないか、と。けして桃吾が酷い男なのではない。すべては俺のエゴで、勝手な逆恨みだ。でも、あいつのあの一言に長い間苦しめられたのは事実で、この計画を成功させることができたなら、この嫌な気持ちもきっと晴れる。長年のトラウマだって笑い話になってくれるだろう。俺は確信していた。

桃吾に彼女はいない、と暁から聞いたが、いようがいまいが大した問題ではない。今の俺には、どんな男だって落とせる自信がある。恋愛的な意味では無理でも、男の欲を利用すれば簡単だ。男はみんな、自分の欲を持て余し、それを解消してくれる相手に恋をしていると思い込む。いや、恋じゃないと自覚しつつも、自分を抑えられない奴は多い。しかもこんな女のいない空間なら尚更だ。いくら恋愛対象が女な桃吾だって、やり方次第でいくらでもこちら側に引き込める。

俺の目的、それは桃吾に恋愛的な意味で男が好きだと言わせることだ。俺(暁)を襲うように仕向けられれば尚更上々。成功すれば暁と桃吾の友情にヒビが入るかもしれないが、そんなのは俺の知ったことじゃない。すべてを奴にバラした後、全部なかったことにして暁と友達に戻るか、何も言わず距離を置くかは奴の自由だ。間違っても俺にたぶらかされたなんて言わないだろうし、俺がやったことが暁にバレる心配もない。

端から見れば、くだらないと思われるかもしれない。昔の頃の事なんかさっさと忘れてしまえばいいと。現に藤貴なんか口にこそしなかったが、確実にそう思っていた。

でも俺は、桃吾に言われたあの言葉をずっと忘れられなかった。桃吾が憎いだとか、恨んでいるわけではないのだ。ただ、喧嘩で頂点に立ったって、どんなにたくさんの男が俺を求めたって、俺の中にはどす黒いものが蔓延したままだった。それを綺麗さっぱり消し去るには、桃吾に一度酷い目にあってもらうしか方法がなかった。最早、母親の意思を確かめる“ついで”ではなくなっている。それは自分でも自覚していた。奴のことを笑い飛ばせるような日がくればいい。それこそが俺が暁に成り代わってこの学校に来た理由で、俺のことを気持ち悪いと言った奴を男に惚れさせることが、俺の復讐だった。


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