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しあわせの唄がきこえる
006



そんなこと、許せるわけないだろ!

それが、暁が間髪入れずに下した結論だった。そして予想をはるかに越えた物凄い剣幕で、お前はいったい何を考えているんだと俺を叱ってきた。しかし奴が俺を恐がらない様に、俺だって暁なんかちっとも恐くない。ここまでくれば、こいつの許可なんてまったく必要ないのだ。

「いいだろ、別に。まぁちょっとぐらい成績は落ちるかもしれねぇけど、幸いテストには被ってねぇし、学校には毎日行くし、授業もなるべくサボらねぇよ。それに、最長1ヶ月だって言ってんだから、それくらい可愛い弟のために我慢しろよ」

『都合のいいときだけ弟ぶるな!』

超正論をぶつけられて一瞬だけ言葉につまる。どうやら暁はいつも一方的に可愛がっている弟に怒鳴ってしまう程、怒っているらしい。確かにとんでもない話だとは思うが、その必死すぎる様子に何かあるのかと勘ぐってしまった。

『忍お前、ほんとはこれが狙いだったんじゃないか? だから俺をここに来させたんだろ』

「お、勘がいいな。わかってんならおとなしく協力してくれよ」

『絶対駄目だ。とにかく、俺はもうそっちに帰るからな。母さんとちゃんと、話ししとけよ』

かなり苛立っている様子の奴は、どうやら集会には参加しないつもりらしい。暁には絶対参加だとかおしえていたが、一回くらいなら病欠とでも言って休んでもいいだろう。だが帰られるのは困る。こうなったら奥の手を使うしかない。

「待てよ、暁。お前がそんな態度とるなら、こっちだって考えがあるんだぜ」

『なんだよ』

「俺達が入れ替わってたって、さっきの崎谷サンに話しちゃっていいの?」

『……!』

電話の向こうで暁が言葉を失ったのがわかった。いつも偉そうにしてくる片割れの弱味を握って、俺はニヤニヤ笑いが止まらなかった。

「崎谷サン、全然知らねぇ奴に代理でフラれたってわかったらめちゃくちゃショックだろうなー。一生立ち直れないかも」

『や、やめろよ! それは困る!』

暁のいつになく必死な声が耳を劈く。優しい優しい暁君が崎谷先輩を傷つけるようなことをするはずがない。俺には確信があった。

「だったら、1ヶ月くらい俺のいうこときけるよな?」

『…………くそっ。ああわかった! 1ヶ月、1ヶ月だけだからな!』

暁は心底嫌そうに、悔しさを押し殺したような声でそう口にする。自分の計画がうまくいったことに、俺は小さくガッツポーズせずにはいられなかった。

『……そんなに母さんといたいんなら、さっさと一緒に住めばいいじゃんか』

「そんなんじゃねーよ、ばか」

『ばかはお前だろ。忍が俺と入れ替わるっていうなら、言っておかなきゃならないことがある』

「なに」

『……俺、今の学校で、ちょっとあんまりうまくいってないっていうか……』

「あ? なんだって?」

『いや、だから……平たくいえば、結構嫌がらせとかされてて』

「へ、なんだよお前、まさかイジメられてんの!?」

『……』

まさかの言葉に俺は思わず吹き出してしまった。その辺の奴ならいざ知らず、あの暁が嫌われてるってそれだけでネタだ。なぜなら俺の知る暁は、いつでもみんなに好かれていて、友人関係で悩んだことないような男だったからだ。

「はははっ、お前がイジメって、また似合わねぇことされたなぁ」

『はっきり言うなよ…。だから忍には知られたくなかったんだ』

そうだろう、そうだろうとも。こいつは昔から俺の前では超かっこつけたがりで、俺限定弁慶だったのだ。そんなみっともない姿、俺だけには知られたくなかっただろうに。通りであんな必死に嫌がったはずだ。

『頼むから、誰かに何かされてもキレないでくれよ。俺、お前が我慢できるとは思えないんだけど』

「大丈夫だって。俺かなり我慢強い方だから、心配すんな」

暁はまったく信用していないみたいだったが、我慢強いのはほんとだ。一般人にちょっといびられたぐらいでキレたりするものか。笑いは我慢できるかわからないが。

「つかお前、何でいじめられてんの? 世渡り上手がお前の取り柄じゃなかったっけ」

『別にそんな取り柄ないって……』

「あ、もしかして男と付き合ってるのがバレちゃったからとか?」

『違う、だいたいうちの学校はそういうの普通だし』

「……マジ?」

うっわー、俺入る学校間違えたかなぁ。いや、あんなガリ勉私立高校に入れる要素なんか俺にはないが。

「じゃーなんだ、まさかあのイケメン崎谷先輩と付き合ってるから、嫉妬されてるとかじゃねぇよな」

『……』

……おいおい図星かよ。信じらんねぇ。

「お前の学校、すっげぇ変わってるな。びっくりだわ」

『俺の方こそお前の勘の良さにびっくりしたよ。いや、別にそれだけが理由じゃないけど……』

暁も不運な奴だな。普通の共学だったらこんな目にはあわなかっただろうに。男の嫉妬は女より厄介だって、これは男としか付き合ったことのない俺の個人的な意見だが。

「まさか、それが理由で別れるとか言ってんの?」

『違う! ……別れることになったのは、全部俺のせいっていうか……とにかく、違うから』

「?」

歯切れの悪い暁になんだかイライラさせられる。とにかく、俺に詳しく説明する気はないということか。

『…ていうか、うちの学校には桃吾がいるってちゃんとわかってるか? 俺のふりするって言うなら、桃吾と仲良くやっていかなきゃならないのも』

「……わかってるよ、そんなこと」

『なんだったら、桃吾には本当のことを――』

「しゃべったら俺も崎谷にバラす。俺とお前が入れ替わってんのは、こっちの奴らには他言無用。俺達以外には絶対に漏らすな。…わかったな?」

『………わ、わかった』

有無を言わさぬ俺の口調に、さすがの暁も何も聞かずに大人しくなる。俺はこれ以上暁との会話を続ける気になれなくて、また後でかけなおすと言って通話を終わらせた。

深く深くため息にも似た深呼吸をして、これからのことを考える。俺は今から母親に会って、それから、それから……。


「待ってろよ……桃吾」


そう、俺にはここに母親と同じくらい、過去を清算したい相手がいるのだ。1ヶ月の猶予の間に、必ず奴と決着をつけてやる。これでようやく煩わしい記憶に悩まされることもなくなるのだと、この時の俺は本気で信じていた。


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