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しあわせの唄がきこえる
004







「男の恋人ができただぁ!?」

「しーっ! 忍静かに!」


つい大声を出してしまった俺に、暁は慌てて人差し指を口にあて叱咤してくる。だが人目がなければ俺は間違いなくもっと大きな声で叫んでいただろう。この17年間、道を踏み外すことなく超真っ当に生きてきた兄弟がゲイになってしまったなんて、俺にとっては天地がひっくり返る程あり得ないことだった。
確かに暁の通う男子校にはホモが多いという噂は聞いていたが、まさかよりによってこいつが、暁がそんなことになってしまうとは。

「お前、いったい何があったんだ」

「それは話すと長くなるんだけど、とにかく、引かないで聞いてくれる?」

「そりゃ引かねぇけど…」

なにせ俺自身がゲイなのだから引くわけがない。そんなこと家族の誰にも言っていなし、これから言うつもりもないが。

「俺が付き合ってるのは、1つ上の先輩なんだけど……」

暁はドン引きする様子のない俺にほっとしたのか、落ち着いた様子で話し始める。だが奴は男と付き合うことになった経緯はなぜかまるまる省き、いきなり本題に入ってきた。

「俺、その先輩と別れたいんだ。で、忍に俺の代わりに言ってもらえないかと思って」

「…………は?」

「今でも付き合ってるとは言い難い感じなんだけど、やっぱりけじめはつけたくてさ」

暁の話は突飛もないものだったが、この頼みが一番突飛もない。まさか兄弟に、男を振るのを手伝えと言われる日が来るなんて。

「……いや、俺が言うのもなんだけど、けじめつけるなら自分の口から言った方がいいんじゃねーの」

「俺も、そうしたいけど…、きっと先輩の顔を見たら何も言えなくなる。というか、もう顔合わせられなくて」

「……」

「先輩、本当に本当にいい人なんだ。だからなるべく、傷つけない様にしたい」

「お前……」

話を聞いていると、こいつはまだ先輩のことが好きなんじゃないのだろうか、と思わずにはいられなかった。振る理由はわからないが、どうも嫌いになったから別れる様には見えない。


とはいえ、別れたいと言ってるのは当人だし何かしらの理由があるのだろう。それを否定して自分からせっかくの好条件を潰すなんてもったいないし、そんな義理もない。どんな無理難題をぶつけられるかヒヤヒヤしていたが、男を振るくらい俺にとっては朝飯前。こいつの真意がどうであれ、俺は言われたことをやればいい。これは、交換条件なのだから。

「……わかった、男でも何でも俺が振ってやるよ。交渉成立だ」

「ありがとう、忍」

礼を言う暁の表情はやっぱり浮かなかった。心なしか悔やんでいる様にさえ見える。

「そうと決まれば日にちだな。いつそいつと会えばいい?」

「今週の日曜日に、もう約束してるんだ」

「日曜日……って、明日じゃねえか!」

「うん、だから明日も一応あけといてって言ってたじゃん」

「今日来たから、もういいと思って予定入れちまったよ!」

「ええっ、そんな困るよ忍。先輩にはもう連絡しちゃってるし」

「マジかよ……仕方ねぇ。暁、お前が俺の身代わりになれ」

「え」

「大丈夫、大丈夫。ちょーっと集会に顔だして、黙って聞いてるふりしてくれりゃいいから」

「しゅ、集会って…?」

「詳しいことは藤貴に聞いてくれ。それでだいたいうまくいく。俺らの事ちゃんと知ってるしな」

「藤貴って、忍の友達の?」

「そ。だから明日、お前俺ん家に行く準備しとけ。藤貴のアドレスもおしえとくし。あ、一応親父にはバレねぇ様にしろよ。バレても母親には言うなって釘刺しとくこと。いつも帰り遅いから、どーせ会わねぇと思うけど」

「う、うん……」

俺の勢いにのまれて素直に頷く暁。これ以上とやかく言われないうちに、話を終わらせよう。

「じゃ、それで決まりな。うまくやれよ、この計画が失敗したら一緒に住めなくなるだけなんだからな」

「わかった」

何でもはいはいと言うことをきく暁を珍しいと思いつつ、ほっと息を吐く。安心したら何だか喉が渇いてきた。

「……つーかどーでもいいけど、ここ暑くね? 設定温度高すぎ」

「そ? 俺はちょうどいいと思うけど。忍が厚着すぎるんじゃないか」

「お前だって結構着てるだろ。それに俺の地元はもっと寒いんだよ、盆地だから」

俺の言葉に暁は、じゃあ明日は厚着して行かなきゃな、なんて言って笑った。袖を捲り暑さを凌ぎながら、楽しそうに笑う暁を見る。自分の計画にまんまとはまってくれた兄弟に、俺は心の中で一人ほくそ笑んでいた。




その後、俺達は明日からの細かい打ち合わせをしていたが、その間ずっと暁に対して妙な違和感を感じずにはいられなかった。今さっきではなく、会った時からずっと感じている違和感だ。だがこの時の俺は自分の計画と目的に気をとられ、その違和感の正体を突き止めることはできなかった。


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あきゅろす。
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