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しあわせの唄がきこえる
005





うっわ、何この美形。ほんとに同じ人間か?


それが暁の彼氏、崎谷一成に感じた第一印象だ。そいつは野郎ばかりの世界で生きてきた俺ですらお目にかかったことのない様な、一目で特別だとわかるタイプの男だった。



日曜日。暁から服を借り、先輩に対する話し方の指導も受け、俺は完璧な変装をして指定の場所に向かった。そしてそこで俺を待ち受けていたのが、想像を越えた暁の“彼氏”だった。

暁から聞いて崎谷一成の簡単なプロフィールは知っていたが、まさかここまで美形だったなんて。顔が作り物みたいで、ちょっと引いたぐらいだ。


「……お、お待たせしました」

約束の時間には間に合っているはずだが、眉間の皺から察するにかなり待たせてしまった様だ。おずおずと声をかける俺の目を少しも見てくれない。

「俺が早く来ただけだ。……話ってのは?」

うわぁ、声まで超かっけー…。俺から言わせてもらえれば、この男と別れるなんて暁は大馬鹿野郎だ。好みとは微妙にズレているが、ぜひ一度お相手願いた…ってそんなこと考えてる場合じゃない。

「すみません、わざわざ来てもらって。…俺、今日はけじめをつけに来たんです。先輩はとっくに俺に愛想つかしてるかもしれませんが、やっぱりちゃんと言っとかないとと思って」

暁に頼まれた言葉を間違えない様に崎谷先輩に伝える。ここでバレない様にしっかり演技しなければ、後々暁にうるさく言われるだけだ。

「俺達、別れましょう。先輩は、悪くありません。全部俺のせいです。今まで、本当にすみませんでした」

深く頭を下げて、震える声で別れを口にする、我ながらなかなかの演技だが、別れ際にこんな風に謝るはめになるなんて、暁はこの美形にいったい何をしたんだ?

「……俺は、お前が好きだった。お前が泣いて謝るなら、どんなことでも許すつもりでいた。でも、お前にはそんな気少しもなかったってことだよな。…教えてくれ、暁。俺の何が駄目だったんだ」

「……」

そんなこと訊かれても、俺は知らん。そこまで暁から詳しく聞いてない。というか明らかに崎谷サンは暁に未練たらたらで、暁も同じ気持ちな気がするが、このまま別れてしまっていいのだろうか。いや、暁からは何があっても別れる様に言われている。余計なことを考える必要はない。

「すみません、先輩。本当にごめんなさい」

とりあえず下手なことは言えないので謝ってごまかしておく。普段の俺ならこういうしつこい奴には『ちょっと遊んでやっただけで勘違いすんなよストーカー』ぐらいは言ってやるのだが、今の俺は暁だ。さすがにそんな罵倒はできない。

「……そうか、わかった。悪い、しつこく訊いたりして」

崎谷一成は酷く落胆した様子だったがそれ以上何も言ってはこなかった。憂いているその表情はまた一段と男前度に磨きをかけていたが、俺が暁である以上こいつにちょっかいは出せない。そのことを少し残念に思いながらも、再び頭を下げた俺は我慢できなくなる前にその場から立ち去った。











崎谷一成から遠く離れた場所に来て、ようやく一息つく。自分が誰かと縁を切る時よりよっぽど疲れた。まだあの男の悲しげな表情が目に焼き付いて離れない。色んな男を見てきたからわかる、あいつは暁に本気だった。そして暁だって、遊びで男と付き合う様な性格はしていない。

「……ははっ」

相思相愛な二人を想像して、思わず乾いた笑みがこぼれる。暁の奴、ゲイの俺よりよっぽどまともに男と恋愛してるってどうなんだ。やっぱり、どう足掻いたって俺はあいつにはかなわないのかもしれない。
だが俺は、今までのスタンスを変える気はこれっぽっちもなかった。男同士が本気で付き合う方が馬鹿らしいのだ。男に惚れた時点でまともな恋愛なんてできなくなる。そう考えると暁とあの先輩が別れたのも自然な流れだろう。


とりあえず暁の頼み事は難無くクリアできた。もう一仕事するために、俺はもう向こうで藤貴と落ち合っているであろう暁に電話をかけた。



『……忍!? どうだった? 話、終わった!?』

「おい、ちょっと落ち着け。終わったから電話してんだよ。大丈夫、バレなかったし穏便に別れられた」

『そ、そっか。良かった…』

暁のほっとした声が電話口から聞こえる。あんなに完璧に演技してやったのだからもっと感謝して欲しい。

「双子の兄弟がいること、誰にも言うなって俺が口止めしてたおかげだぞ、こんな茶番がうまくいったのは。お前はもっと俺に感謝をだな…」

『先輩、何か言ってた? どんな様子だった?』

「人の話を聞け。別に普通だよ。普通に落ち込んでた。振られてんだから当然だろ」

『そう、だよな…』

今度は暁が電話の向こうで落ち込み始める。ほんと、なんでこいつら別れたんだ。どうせ遊びなんだから、飽きるまで付き合っとけばいいのに。

「うじうじすんなよ、鬱陶しい。そっちで藤貴とはちゃんと会えたのか」

『……あ、うん。藤貴君って、フジタカって言うんだな。フジキってあだ名? とりあえず今から集会とやらに行くんだけど、ほんとに俺黙って座ってるだけでいいの?』

「いい。藤貴が全部フォローしてくれっから」

『そっか…でも集会って不良が集まる系のアレだろ? 俺、喧嘩とかになったら逃げるしかないんだけど』

「大丈夫、仲間同士で喧嘩しねぇ様にしっかり統制してっから」

『統制って、その言い方じゃなんか忍がボスみたいじゃん』

俺がボスだよアホ。…ってまさか藤貴の奴、暁にまだ言ってねぇのか。集会出たら絶対バレんのに大丈夫かよ。

『てか俺、集会終わったらまっすぐ家帰っていい? もし父さんと鉢合わせたら、演技できる自信ないし』

「ああ、そうだった。そのことだけどよ、お前、しばらくそっちにいろ」

『……は?』


呆けた様な暁の声が電話の向こうで行き場を無くしている。落ち込んだり驚いたり、ほんとに忙しい奴だ。俺は口元に笑みを浮かべながら、自分の本当の目的を突きつけてやった。

「聞こえなかったか? なら何度でも言ってやる。お前はしばらくそっちで俺として暮らすんだ。今日から俺達は、入れ替わって生活するんだよ」


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