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しあわせの唄がきこえる
003







「忍〜! 久しぶりー!」

「テンション高っ」



久々に会った俺の兄弟は、以前会った時と何も変わっちゃいなかった。いつだって究極にウザイ。それが俺の片割れ、立川暁だ。

奴の指定した待ち合わせ場所に行くと、すでに暁はそこにいた。俺を見つけた瞬間駆け寄ってきて抱きつこうとするので、さっと避ける。空振りした暁は不満げに睨み付けてきた。

「なんだよ、久々の感動の再会だってのに冷たいな」

「気色悪いことしようとするからだろうが。ベタベタすんな」

「ごめんごめん、人前じゃ恥ずかしいか。この近くにカフェがあるから、そこで話そうぜ」

「……ああ」

さっきは奴のこと何も変わらない、なんて思ったが、撤回する。確実にウザさが増している。こいつと一緒に暮らしたら俺はストレスで死ぬかもしれない。

「でも髪の毛真っ黒だから、すぐには気づかなかった。なかなか似合ってるよ」

「はっ」

その言葉を鼻で笑いつつ、いつも以上にテンションの高い暁の後をついていく。俺達二人で歩くとすれ違う人が何人も振り返っていた。

「やっぱ忍といると目立つなー。昔を思い出す」

「別に今時、珍しくもなんともないだろーに。つかまだつかねぇのかよ」

「もうすぐだって。大丈夫、しつこく絡んでくるのがいてもお兄ちゃんが全部断ってやるから」

「うるせぇ、何がお兄ちゃんだよ。たかだか数十分先に産まれただけのくせに」

「それでも、俺が兄貴だし」

「うっぜ。双子に兄も弟もねぇよ」

このやり取りも昔よくやった。こいつのイラつく言動ナンバーワンだ。

小さい頃から、俺達双子はよくこの兄、弟論争をしていた。なぜかこいつは双子であるはずの俺の兄でいたがり、高校生になった今だって俺を弟扱いしてくる。そしてこれみよがしに世話を焼きたがり、兄貴風を吹かせてくるのだ。そういうところを含めて、こいつは昔からすごく鬱陶しい奴だった。



暁のいうカフェにようやく到着し、なるべく辺りに人の少ない席を選んで座った。暁と向かい合わせになった俺は奴に顔をまじまじと見つめられた。

「やっぱりそっくりになったよなぁ、俺達。昔は似てない双子とか言われてたのに」

「今でも中身は正反対だけどな」

幼少の頃の俺達は、なぜか一卵性双生児のくせに、初対面の人でも見分けられるぐらい違った顔つきをしていた。暁がいつも笑顔、俺がいつも仏頂面だったせいもあるだろう。もちろんそれなりに似てはいたが、よく二卵性の双子と間違われていた。

しかしなぜか成長と共に俺達はだんだんと顔が酷似する様になってきた。今では本人達以外には見分けることのできないぐらいそっくりだ。声もまったく同じで、おそらく確実に見分けられる人間はいないだろう。

「とにかく、とりあえず何か注文しよう。忍、何飲みたい?」

「別に…オレンジジュースでいい」

「ははっ、相変わらずコーヒー飲めないんだ? ここの美味しいのに」

「…黙れ」

駄目だ、やっぱりこいつはムカつく。高校じゃ鬼とも悪魔とも恐れられるこの尾藤忍が、こんな能天気なまぬけ野郎に兄貴面されて馬鹿にされてるなんて。こんな屈辱我慢ならない。


暁は俺のそんなイライラにも気づかず、暢気に店員にコーヒーとオレンジジュースを注文していた。今すぐその府抜けた面をはっ倒してやりたいところだが、今は我慢だ。

暁がメニュー表を元の場所に戻した時、暁の指先に巻かれた絆創膏に気がついた。一枚や二枚だったら気にしないが、両手の殆どの爪にぐるぐるに貼られている。

「お前、その指どうしたわけ」

「あ、これ?母さんがいつも遅いから料理ぐらいできるようになろうかと思って挑戦したんだけど、見事に失敗した」

「……どんだけ不器用だよ。逆にすげぇ」

確かに暁と料理という組み合わせにはピンとこない。昔からなんでもそつなくこなす奴ではあったが、料理の才能だけはなかったらしい。

「てか、さっさと本題に入るけど、忍は本気なわけ。俺とお前が入れ替わるなんてさ」

「何を今さら、当たり前だろ」

「でも、普通に母さんにはバレると思うけど。いくらなんでも親なんだから」

「バレねぇよ。あいつは俺がこんなに暁にそっくりになってること知らねぇだろ。黙って協力しろよ」

「……」

俺の計画とは、俺と暁が入れ替わる、ただそれだけだ。もちろんただ入れ替わるわけじゃない。俺は直に母親に訊ねたいのだ。なぜ、俺を捨てたのかということを。

「……別に母さんは、忍のこと嫌ってたりしないよ。全部お前の思い込みだって」

「だったらなんで、一度も会いに来なかったんだよ」

「それは……」

俺達の親は、俺と暁をそれぞれ引き取る時、ある協定を結んだ。それは父が暁に、母が俺に絶対に会わないというあり得ないものだ。どう考えても誰も得しないおかしな協定だったが、母はこの約束を無理やり父に取り付けさせた。だがそれは逆に言い換えれば、一生俺に会えなくともかまわないということだ。まともな親ならこんな約束事は絶対にしないだろう。

現に俺の親父は、母親にバレない様に何度も暁に会いに行っていた。だが、今まで母親が俺に会いに来たことは一度もない。二人の再婚が決まった今、そんな協定はないも同然のはずなのに、それでもあいつは現れなかった。そんな奴と、1つ屋根の下で仲良くなんてできるわけがないのだ。

暁が言うには、俺の話をしても母はいたって普通に受け答えをしていて、まったく嫌っている様子はないらしい。だが暁のその話を俺はあまり信用していなかった。もしそれが本当ならば、なぜあんな馬鹿げた約束をしたのか。なぜ一度も会いに来てくれなかったのか。どう考えても辻褄があわない。
だがこうやって了承した時点で、暁が真実を話している確率は高くなった。暁の話が真実なのかということも含めて、俺は自分の目と耳で確かめたい。そのためなら、きっとなんだってできる。

「はぁ……御託はいいからさっさと条件とやらを言えよ、暁。俺に何をして欲しいんだ?」

こいつが俺に頼み事をするなんて珍しい。しかもあれだけ嫌がっていた入れ替わり作戦と交換とは、よっぽど困っているとみた。

「……実は、話すと長くなるんだけど……」

突然暗くなった暁がぼそぼそと話し始める。その内容はおおよそ俺の理解をこえる話だった。


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