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しあわせの唄がきこえる
002





「あ〜、腰いってぇー」

上半身は裸のまま自分の部屋から出た俺は、痛む腰を労りながらリビングへ向かう。そこにはニュース番組を興味なさげに見ながらくつろぐ友人がいた。人の家のスナック菓子を勝手に食べている奴に向かって俺は手を差し出した。

「藤貴、水」

「…ほい」

奴が差し出した飲みかけのジュースを受け取り一気飲みする。まるで我が家かの様な自由な振る舞いだが、藤貴はいつものこんな感じなので特に気にはしない。


「尾藤ちゃん、俺らもう帰るね」

座る場所を確保するためになんとか藤貴を退かせないかと考えていると、帰る準備万端の宮路がリビングにひょっこり顔を出してきた。後ろには相変わらず無愛想な相馬の姿がある。

「……あ、そういや言い忘れてたけど、お前ら今日から1ヶ月は俺には会いにくるなよ」

「え」

その言葉に足が止まる宮路と相馬。しばらく硬直していた二人だが、宮路の方がむすっとした顔で抗議してきた。

「何だよそれ、話が違うじゃん。まさか契約内容忘れたわけじゃないよな?」

「1ヶ月だけだっつってんだろ。大事な用事ができたんだよ。もしその間、俺に手ぇ出してきたらもうヤらせねぇからな」

「えー、まぁ俺はいいけどさぁ。他にもセフレならいっぱいいるし」

宮路がちらりと盗み見る相馬は、相変わらず何を考えているかわからない能面顔だ。奴はゆっくりこちらに近づいてくると威圧感のある目で俺を見下ろしてきた。

「…相馬?」

「……」

顔を両手で挟み込まれ、瞼に唇を落とされる。不意打ちすぎて、俺はまったく動けなかった。

「また1ヶ月後、な」

唖然としたままの俺の頭をぐしゃぐしゃにして、満足した相馬は部屋からさっさと出ていく。その様子を観察していた宮路が、げんなりした顔でため息をついた。

「…尾藤ちゃんさぁ、相馬ちゃんの扱い気を付けた方がいいよ。俺は割りきってるけど、あいつは…まぁ微妙だし」

「そうか? 平気だろ」

「……ならいーけど」

宮路も相馬の後に続き部屋から出ていく。二人がいなくなって、ようやく一息つけた俺は藤貴と並んでソファーに身体を沈めた。

「お疲れ、忍」

「別に、好きでやってることだし」

「でも正直、あの二人を手玉に取ってくのは難しいんじゃねぇの」

「……」

俺の通う黒峰高校と宮路、相馬の学校はこの辺の三大勢力としてぶつかりあってきた。だがその長い抗争は今は膠着状態にある。それぞれの学校のトップが下の連中に喧嘩をけしかけることを一時的に禁止しているのだ。表向きは、不良ではない生徒にまで被害が及んでいるという理由からだが、実はそうではない。とある事情により喧嘩を一旦やめさせたかった俺が、リーダーである宮路、相馬に停戦を申し込んだのだ。

奴らはそれを交換条件付きで受け入れた。で、今のがまさに俺が奴らに支払っている代償というわけだ。
代償なんていうと俺が犠牲になっているみたいだが、別にそういうわけではない。元々ゲイで気軽に身体だけの付き合いができる相手が欲しかった俺にとっては、丁度いい性欲処理が見つかってラッキー、ぐらいのものだった。

俺が身体で言うこと聞かせてるのは当人達以外では藤貴しか知らない。宮路達にもきつく口止めしている。そんなことがバレたら一大事、というか黒峰高校の面目丸潰れだ。だからそういう意味では俺はかなりのリスクを背負っていることになる。





「で、マジでやる気なのかよ」

スナック菓子を頬張りながら俺を一瞥する藤貴。何事にも興味なさげなこいつも今回の計画には口を挟まずにはいられないらしい。

「当たり前だ。ここまでくるのにめちゃくちゃ苦労したのに、今さらやめるかよ」

まず、条件を飲ませるために相馬を落とすのが死ぬほど大変だった。宮路の方は超がつくほど遊び人だったため割りと簡単だったが、相馬は本当に不良のトップか? というくらい社交性のない奴で、口説き落とすのはもう無理かと思われたが、ガードが固い方がやりがいがあるというものだ。時間はかかったが、俺はそのかっちかちのガードをへし折ってやった。

「ほんとよくやるよな、お前。お兄ちゃんが了解してくれなかったら、全部パーだったのに」

「……お兄ちゃんとか言ってんじゃねぇよ、気色悪ぃ」

だが藤貴のいう通り、確かにこの計画にはあいつの協力が必要不可欠だった。はっきり言って、この最終関門に一番苦労されられると思っていた。現に奴はずっと無理の一点張りだったのだ。なぜ心変わりしたのかわからないが、俺にしてみればめちゃくちゃありがたい。このために髪を黒く染め、ピアスの穴もふさいだのだ。この努力が無駄になったら、手がつけられない程暴れて怪我人を出してしまうところだった。


「藤貴、俺がいない間のフォローは任せたからな」

「…はいはい。わかってますよ」

藤貴はかなりやる気のない返事をしていたが、頼まれたことは絶対にやり遂げる奴だということは長い付き合いの中で知っている。こっちはこいつに任せていれば大丈夫だろう。

この計画がうまくいけば、自分の中にずっとあったもやもやしたものをようやく取っ払うことができる。そう考えるだけで俺は薄ら笑いが止まらなかった。


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あきゅろす。
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