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しあわせの唄がきこえる
007



崎谷先輩のところに行かなくなって5日、俺への嫌がらせもようやく減り、ここに編入してから今までで一番平穏な毎日を過ごしていた。相変わらずクラスに友人は流生しかいなかったが、あの執拗な嫌がらせがなくなっただけで精神的にとても楽だった。




「ねぇ、あき君。俺達、結構仲良くなってきたよね」

「え? ああ、うん?」

「じゃあ、そろそろ一緒にご飯たべようよ」

「ごめん、昼は桃吾と食べるって決めてるから」

「えー」

相変わらずベッタベタに甘えてくる流生に抱き着かれ、俺は苦笑しつつもそれを受け入れる。これまで、なんだかんだで彼の存在に結構救われている俺としては何でもしてやりたい気分だが、やはり昼食だけは桃吾ととりたい。

「ごめんな。でも流生はたくさん一緒に食べる奴がいるじゃん」

「それとこれとは、関係ないもん」

そうは言っても流生の取り巻きと共に飯を食う気にはあまりなれない。俺はあの集団を流生の手下だと思っていたが、それは間違いだったと今は理解している。遠藤ハーレムとは揶揄でもなんでもなく、そのままの意味だったのだ。

「……流生はさ、この学校で誰かと付き合ったことある?」

仲良くなったと言われ調子づいていた俺は、ちょっとプライベートなことも訊ねてみた。あのファン達と仲良くしているということは、恐らく流生は男と付き合うことに抵抗はない人なのだろう。

「なんで? あき君、興味あるの?」

「まあ、ちょっとだけ」

流生はみんなのアイドル、という立ち位置の様なので少なくとも今は恋人はいないだろうが、昔はどうだったのかは少し気になる。

「ないよ。そんなの」

あれ、ないんだ。ちょっと意外。

「流生のことが好きな人、たくさんいるのに?」

「んー、よくわかんない。付き合うとか、そういうの」

「……」

そうだ、すっかり忘れていたが流生の精神年齢はかなり幼いのだ。見た目は完全にチャラチャラしていて不良にも見える容姿だが、中身はまるっきり子供である。

「あき君は、崎谷先輩が好きだったの?」

「……う。誰から聞いたんだよ、それ」

「噂。でも、もうフラれて諦めたって」

流生には特に何も言われていなかったので、もしかすると知られていないのかなと思っていたがやはりそんなことはなく、単に気を使われていただけらしい。相変わらず噂が広まるのが早い学校だ。

「……まあ、そんな感じ」

「……」

事情をすべて説明するわけにもいかず、流生には悪いが嘘をついた。恋愛感情はないとはいえ、本当は崎谷先輩との関わりをなくすのは嫌だったが、こうなってしまっては仕方ない。俺の計画がすべて無に帰してしまった様で脱力感が物凄いが、また別の方法を考えなければ。

しゅんと項垂れていると、フラれたせいで落ち込んでいると勘違いしたらしい流生が頭を優しく撫でてきた。

「落ち込まないで、あき君。俺が、慰めてあげるから」

「……ありがと」

メンタルが弱りきっている今、こんな風に優しくされるとちょっと泣きそう。くそ、涙腺弱いんだからやめろよな。

「ねえ、あき君。今日泊まりに来てよ。前から言ってるのに、なかなか来てくんないじゃん」

「え? ああ、そうだったな。でも俺が勝手に寮に泊まったりしていいの?」

「別に、バレないから大丈夫。それに俺、1人部屋だし」

「1人? なんで?」

「だって生徒会役員だもん。1人部屋は、生徒会の特権なの」

そんな特権があるのか生徒会役員。しかし流生が1人って、あらゆる意味で心配だ。ちゃんと生活できてるのかな。

「じゃあ、遠慮なくお邪魔させてもらおうかな。さすがに今日は無理だけど、親に許可もらったら行くよ。うちの親かなりの放任主義だから普通に許してくれると思う」

「ほんとに? 楽しみ!」

無邪気に笑う流生につられて俺も微笑む。しかしこう話していると、とても羽生や崎谷先輩と並ぶ強さを持つ男とは思えないが、実力の程はどうなのだろう。

「そういや蒼井君から聞いたんだけど、流生って喧嘩強いの?」

「そだけど……蒼君から他に何か聞いた?」

「えっ、いや他には特に何も」

しまった。ほんとは流生には近づくなって注意されてたんだ。けどそんなことバラすわけにはいかない。余計なこと言うな、と流生になじられる蒼井君が目に浮かぶ様だ。

「でも強いってのは羨ましいなぁ。俺に喧嘩の仕方おしえてくれよ。強くなりたいんだ」

「……あき君は、弱い方が可愛いよ?」

「いや、可愛いさとかいらないから」

男にそんな可愛さがあっても何の得もないだろうに。俺はもっと強く男らしくなりたいのだ。…その計画はあっさり失敗してしまったが。
だがこれで崎谷先輩と関わることもないのだと思うと、物悲しい気持ちになる。こればかりは仕方ないと諦めるしかない。
寂しい気持ちを感じながらも、俺は自分の気持ちをごまかしながら流生とたわいない会話を続けていた。











夏は終わったとはいえまだまだ暑さの残る中、俺はシャツをパタパタさせながら、桃吾との待ち合わせ場所に向かっていた。早く涼しくなってくれればもっと快適に昼食が取れるのに。木陰の下とクーラーのある室内では雲泥の差だ。

母さんが忙しかったため、今日の昼食は駅の構内で買ったパンだった。嫌いではないがやっぱり手料理が食べたいなぁ、なんて心の中でぼやきながら歩いていると、ちょうど人気のない所に差し掛かった時、後ろから声をかけられた。


「おい、立川」

「……え?」

聞き覚えのある声に思わずはっとする。振り向いた俺の目の前に立っていたのは、予想外の人物だった。


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