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しあわせの唄がきこえる
006



その日こそずっとイライラしていた俺だったが、時間がたつごとに怒りも薄れ、なんであんなことでそこまで怒ってたのだろう、と思うまでになっていた。過去を詮索されれば先輩だって怒るのは当たり前だし、正直キスしてくるのはどうかと思うが、無傷で俺にダメージを与える方法がそれくらいしか思い付かなかったのだろう。

というわけで次の日、性懲りもなく先輩のところへ行こうとしていた俺は、思わぬ人物に足を止められた。


「おい! 暁!」

「…桃吾?」

「ちょっと来い」

大声で俺の名を呼び、クラスにずかずかと入ってきた桃吾は俺の腕を掴んで引っ張っていく。皆の視線など気にもせず教室を飛び出した桃吾は、人気のない非常階段のところで止まり俺に詰め寄った。

「俺、さっきとんでもない噂聞いたんだけど」

「な、なんだよいきなり」

ヤバい、とうとう俺が嫌がらせされていることが桃吾に知られてしまったか。スポーツ科の彼がこちらの校舎に来るなんてめったにないし、間違いなくそのことだろう。しかし言い訳を頭の中で必死に考えていた俺に、桃吾が思いもよらないことを口にした。

「お前が崎谷先輩に告白したってほんとか!? 暁、いつの間にホモになったんだ!?」

「…………はい?」

桃吾の言葉の意味がわからずしばらくの間、思考停止する俺。告白って、確かに弟子入り志願はしたが、ホモになった覚えなど断じてない。

「しかもフラれたにも関わらず、ストーカーまがいのことまでしてるって聞いた。なぁ、嘘だよな? 頼むから嘘って言ってくれ」

「待てって、誰がホモだよ。確かに俺はストーカーだけど、そこに恋愛感情なんかまったくない」

今度は桃吾がびっくする番だった。先程の俺と同じ様に呆けてこちらを凝視してくる。

「まさかそっちでそんな風に広まってるとはなぁ。びっくりした。でも桃吾もそんなデマ真に受けんなよ」

「でも、俺お前に確かめる前に、こっちの知り合いにも話聞いたんだ。そしたらお前が、惚れました! って言いながら先輩を追いかけまわしてるのを見たって奴が何人もいて」

「だからそれは男としてだよ。え、何まさか俺って周りから誤解されてる?」

面白おかしくホモだなんて言われてるならまだいい。だが本気で勘違いされているとなると大問題だ。

「俺は先輩みたいに強い男になりたくて、弟子にしてくださいって意味で言っただけなんだよ。そりゃ、先輩のことは人として好きだけど」

「暁、お前ちゃんと恋愛感情はないって先輩に言ったか?」

「そんなことわざわざ言うかよ。つか男に恋されてるとか普通思わねぇだろ」

「な、なんてこった……」

舞台俳優の様な大袈裟な動きと台詞で桃吾がその場に崩れ落ちる。いったいこいつはどうしたのかと首を捻っていると、桃吾はがっしりと俺の肩を掴み鬼の形相で凄んできた。

「ひっ」

「いいか、暁。これから話す話はとっっても大切だから、よーく聞いとけよ」

「と、桃吾…?」

真剣、というか鬼気迫る友人の表情に圧倒され小さく頷く俺。そして桃吾の口から聞かされたのはこの学園の秘密、衝撃の事実だった。











「…………」

「おい、何か言えよ暁」

「…………」

桃吾からこの学園のとんでもない内情を知り、俺の精神は死んでいた。色々思い出すだけで消えたくなるので今は何も考えたくない。

「おい、暁。暁ってば」

「……」

「おい、いい加減にしろよ。ちょっと自分の学校がホモだらけだっただけで、何放心してんだ」

「ちょっとホモだらけだっただけで!? 十分ショックすぎるだろ! うちのクラスの奴らも、崎谷先輩も、その辺を歩いてる奴らも、みんなみんなホモだったなんて!」

「いや、中にはノーマルな奴もいるけど。まあスポーツ科以外の生徒は大抵ホモかバイだよ」

「ああああ…!」

ということは俺が今まで接してきた人達はほとんどの確率でホモで、俺は周りからホモのストーカーだと思われているのか。そりゃ崎谷先輩も全力逃げるっつーの。

「……なんか、ごめんな暁。俺がしっかり説明していれば…。てっきり知ってると思って」

その場に崩れ落ちる俺を見て桃吾がおろおろと謝罪する。いや、今から考えればおかしなことはたくさんあったのだ。だって不良校にしては不良なんか全然いないし、やたらベタベタしてる奴らはいるし。俺がもう少し周囲に気を配り、疑問に思っていれば自力で気づくこともできたはずだ。そして今ようやく、先輩が俺にキスしてきた理由がなんとなくわかった。

「……いや、1人で勝手に暴走してた俺が悪いよ。これからは大人しく生きてくことにする」

「え、じゃあ崎谷先輩の弟子になるのは諦めるのか?」

「……」

正直に言って、自分の奇行を自覚した今も先輩のことは諦めたくはない。けれどさすがにホモにストーカーなんてされていたら、先輩も精神が病んでしまいそうだ。

今から考えると、きっと俺が崎谷先輩の親友だと勘違いしていた人は先輩の恋人だったのだろう。そりゃあ恋人にいきなり切られたらショックだよな。完全に俺がとやかく言える範囲を越えていたわけだ。

誤解されていることにようやく気づけたのだし、純粋に側にいたいだけだと伝えれば崎谷先輩ももしかすると許してくれるかもしれない。だが、すでにキスまでさせてしまった今となっては遅すぎる気がする。

「……仕方ない。もう先輩にまとわりつくのはやめるよ」

100パーセント俺が悪いのだが、正直に言ってしまうとどうしたって先輩のプライドを傷つけてしまうだろうし、だいたい無駄に好きでもない男とキスしさせてしまった罪悪感でこっちがどうにかなりそうだ。だったらもうせめて先輩にフラれてようやく諦めたストーカーという立ち位置でいたい。

「そっか、そう言ってくれて良かった。先輩に近づいたりしたら、周りの嫉妬が激しそうだから。心配だったんだ」

「……ごめん」

もうその心配はすでに現実になってたわけだが。桃吾に何も言わずコソコソやっていたことを謝りつつ、俺はようやく先輩へのしつこいアタックをやめる決意をしたのだった。


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