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しあわせの唄がきこえる
005




「崎谷先輩! 一緒に帰りましょー!」

「げっ」

教室を出るなり待ち構えていた俺に先輩がげんなりした顔をひきつらせる。毎度のことなれど、先輩は一向に心を開いてはくれなかった。

「マジでやめろって、毎日毎日しつこすぎんだよ。だいたいお前アレだろ! 寮生じゃねえんだろ? なんでこっち来んだよ。とっととこの学校から出てけ!」

「嫌です。だって一秒でも長く先輩と一緒にいたいんですもん」

早足で歩く先輩の後をしつこく追っていく俺。そう、結局蒼井君の話を聞いた後も、俺は態度をまったく改めたりしなかった。というか、うだうだ考えるのはすぐにやめた。
俺は先輩が好きで、だから一緒にいたい。例え先輩の過去がどうであれ、その気持ちは絶対に変わらないのだ。

「俺は何があっても先輩との縁を切ったりしません。例え先輩が卒業したって、俺は先輩と仲良くしていきたいです」

「……」

とんだストーカー宣言だったが、先輩は俺を無視し続け、むすっとしたまま校舎の外に出ていく。ぎゃーぎゃーうるさいのはさすがに迷惑かと思い、先輩が黙って歩く限りは俺も口を閉じてついていった。
しかししばらく歩くうちに、どうもいつも歩いているルートと違う道を進んでいることに気がついた。何か用事でもあるのかと不思議に思っていたが、どんどん人気のないところに向かっていく先輩に、俺は声をかけられないままただ後を追いかけるしかできなかった。


だだっ広い学校の敷地内の誰もいない校舎の隅で、ようやく崎谷先輩の足が止まる。先輩はゆっくりと振り向くと俺を睨み付けながら口を開いた。

「お前、なんでそんな俺なんかに執着すんの。ちょっと助けてやったぐらいで大袈裟なんだよ。別に俺じゃなくたって、襲われそうになってる奴を見つけたら誰だって助けようとするだろうが」

「……」

先輩の言いたいことはわかるが、必ずしもそんなことはないだろうと俺は思う。仮に力があったとしても、例えば羽生誠なんかは絶対無視するだろう。友達でも知り合いでもない俺を助けてくれた先輩に、俺はとても感謝しているのだ。

「例えそうだとしても、俺はもう先輩以外の人は考えられなくなりました。自分でもしつこいって思ってますけど、何があっても俺は先輩を諦めません」

何度となく口にした言葉を、再び揺るぎない決意を持って口にした。先輩はイライラした様子を隠しもせずこちらに近づいてくる。そして俺の胸ぐらを掴みあげるとすぐ横の壁に押しつけた。

「うわっ…ちょ、先輩……!」

え、まさか殴るの? と俺は縮み上がってしまう。あの優しい先輩が暴力に走ってしまう所まで、俺は彼を追い詰めていたというのか。反射的にぎゅっと目を瞑った時、唇に何か柔らかいものが触れた。混乱するまま目を開けると、なんと崎谷先輩の唇が俺に……ってうわあああ!!

「んっ…んーっ!」

何してんだコレ! なんで俺と先輩がキスしてんだ意味わかんねぇええ!!

咄嗟に突き飛ばそうとしても手首を押さえつけられて身動きがとれない。顔を背けようとしても先輩の口づけがさらに深くなるばかりだった。

「んんっ…や…ん、んぅ」

もうどうにでもしてくれ、と俺が半ば諦めかけた時、先輩はようやく解放してくれた。茫然自失のままその場にへたり込む俺に先輩は冷たく言い放つ。

「……これで満足か、ホモ野郎。誰かに俺の話を聞いたみてぇだけどな、あんなの昔の話なんだよ。今の俺にはまったく関係ねぇし、そんな純粋なオツキアイに憧れなんか持ってねえ。わかったらもう二度と俺に近づくな。今度なめた口ききやがったら許さないからな」

先輩はそれだけ言うと俺を無視して歩いていってしまった。意味がわからずただ唖然としていた俺だが、自分が何をされて、先輩が何を言ったかなんとなく理解していくうちにだんだんと腹が立ってきた。どうしてこんなことになったのかは依然わからなかったが、とにかく無性にムカついたのだ。

「ふ…ざけんな!」

さっさと歩いていく先輩の背中に向かって俺は大声で叫んだ。相手が恩人で尊敬する人だということも忘れ、完全にキレてしまっていた。

「…あ?」

「何でなんですか先輩! こんなことしたって、俺も先輩も傷つくだけだけじゃないっすか! むしろ先輩の方が絶対ダメージ食ってるし! 馬鹿ですよ馬鹿!」

こんな誰も特にならないようなやり方で俺を遠ざけようとする先輩の思考についていけない。しかも俺の気持ちをホモとか言って茶化されたのもショックだった。

「そっちこそ、俺のことなめすぎです。過去のことをとやかく気にしてるのは先輩の方じゃないですか! 俺はただ、今の先輩が好きなだけです。こんなことされたって俺の先輩への気持ちは絶対変わりませんから!」

やっぱり先輩は俺のことをちっともわかっていない。これくらいの嫌がらせで諦めると思ったら大間違いだ。
俺は怒ってるんだぞというアピールのためにふいっと顔を背ける。そしてそのまま先輩の顔を見もせず、わざと大きな足音をたてながらずんずんと歩いてその場を後にした。


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